「Webサイトのコンバージョン率を上げるにはどうしたらよいか……」「顧客に本当に喜んでもらうためにはどんなコンテンツを作ればよいのか……」「そもそも商品にどのくらいの機能を実装すると最適なのか……」
日々、正解のない課題に向き合っているマーケティング担当者や経営幹部の方にとって、カスタマーインサイト(顧客インサイト)を見出すことは非常に重要です。
とはいえ情報が膨大かつ変化が速いこの時代、元々洞察力の鋭い人でも先をきっちり見通して戦略を立てるのは大変です。では、一般マーケターはこのような環境下で、どのようにカスタマーインサイトをキャッチし、マーケティングに活かしていけばよいのでしょうか。
本記事ではカスタマーインサイトとは何か? カスタマーインサイトとニーズとの違い、カスタマーインサイトをマーケティングに活かす方法を解説していきます。
カスタマーインサイトとは「カスタマー(顧客)のニーズや目に見える欲求、購買行動の背後にある動機のことであり、カスタマーすら言語化できていない欲求や願望、心理」を指すマーケティング用語です。(参照:Techtarget.com)
「インサイト」は直訳すると「洞察」という意味です。洞察力とは断片的な情報から物事の本質を見抜く鋭敏な観察力、知覚力、類推する能力のことであり、最近はインサイト営業、インサイトのある記事、といった使い方がされています。
ただし、カスタマーインサイトはあくまでマーケティング用語であり、顧客の表に出ていない願望や、言葉やアクションの背後にある本質的な願望を掴み、商品・サービスやマーケティング施策に反映するという考え方が根底にあります。
「カスタマーインサイト」と「ニーズ」は似た文脈で使われる用語ですが、意味は異なります。この2つの概念の違いを表す、わかりやすい言葉には以下があるでしょう。
お2人は顧客にニーズを聞いても、本当に欲しいものは提供できないと言っているのです。
ニーズとは顕在化した顧客の望み。カスタマーインサイトとはニーズの背後、根底にある顧客が気づいていない言語化できていない心理、欲求です。顧客の期待を上回るには、 インサイトを得ることこそが重要です。
ちなみにホンダは最近「空飛ぶクルマ」の実用化に挑んでいます。ビジネスジェット分野で世界首位とはいえ、おそらく既存ユーザーに、空飛ぶ車を欲しいとまで希望する人は少ないかと思います。
しかし、車を欲しがる気持ちの根底にある欲求、移動についての深いインサイトがあるホンダが構想を打ち出せば、「これに乗って気軽に移動したい」「この車で飛んで海外出張にいきたい」「個人用にもほしい」と思う人は少なくないと思います。
また、ホンダのユーザーの多くは「イノベーターたるホンダ」「挑戦者たるホンダ」のファンでもあります。F1より難しいといわれる空飛ぶ車に、果敢に挑んでいくホンダの姿勢もまた、ユーザーを大いに満足させているでしょう。
(画像出典:Honda)
カスタマーインサイトはマーケティングだけでなく、製品企画、営業、カスタマーサービスなどあらゆるビジネスシーンで重要な考え方です
カスタマーインサイトは、革新的な製品やサービスを生み出すのに役立ちます。前述のようにニーズはお客様にヒアリングすればある程度わかりますが、自分の欲求や課題を正確に言語化できないことは珍しくありません。
表面的なニーズだけに応えていると、同業他社と同じようなコモディティ化したプロダクト開発になりやすく、お客様の期待を大きく超えることは難しくなります。カスタマーインサイトをつかむことで、お客様が潜在的に望んでいた期待を超える商品を生み出すことができます。
カスタマーインサイトをつかむと、ペルソナ(理想の顧客プロファイル)やカスタマージャーニーの精度が高まります。
彼らがどのようなこと望んでおり、どのような行動をし、どのようなメッセージに心を動かすかがイメージしやすくなるからです。カスタマーインサイトを得て作成したマーケティングメッセージは、共感を呼び起こしプロダクトへの好感度を高めます。結果、ファンになったり、購買行動を起こしてくれたりするなど、マーケティングの成功率が高くなります。
カスタマーインサイトの最も大きなメリットは、顧客が真に望んでいるプロダクトや情報を提供しやすくなることです。BtoBの担当者なども大抵忙しくプレッシャーを抱えており、どうしても目の前の課題にとらわれがちで、近視眼的になりやすいためです。
「前年より良い結果を出す」「前年と同じやり方を改善する」といった発想は悪くはないものの、ベンダーから革新的な提案ができれば顧客企業の本当の課題を解決し、成功をアシストできるかもしれません。
カスタマーインサイトをマーケティング、製品開発、カスタマーサポートなどに活かすことで、顧客体験が向上し顧客満足度が高まれば、結果的にベンダーの成長にもつながります。
Microsoftによると、カスタマーエクスペリエンス(顧客体験)を適度に向上させることで、年間売上10億ドルの企業では、3年間で平均7億7500万ドルの収益増加をもたらすそうです。
稀に天才的センスのあるマーケターが、経験や日々見るデータから直感的にカスタマーインサイトを得ることもあるでしょう。しかし、一般的なセンスなら直に顧客に接したり、多角的なデータから類推したりする必要があります。以下に、代表的アプローチを解説します。
レビューサイトやSNSに掲載されているレビューは、カスタマーインサイトを得る最も簡単で速い方法と言えるでしょう。決して潜在的な意見ではありませんが、企業アンケートなどには書き込みにくい、隠されがちな本音が赤裸々に述べられています。
ライバル企業の商品レビューから自社の欠点、自社の優れた点を知り、自社が勝っている点を際立たせるためのヒントを得ることもできます。
大量のオンラインレビューを見ると、ブランドへの評価、信頼度、印象、自社に期待されていることがトータルにわかるので、その背後にあるカスタマーインサイトも浮かび上がってくるでしょう。
サイト例:
とはいえ、顧客アンケートが役に立たないわけではありません。なぜなら、見えない欲求、心理を知るために、表に出ている回答が手がかりになるからです。「こう回答しているユーザーが多いということは、本当はこうかな? 」と推測するためのヒントになります。
また、インサイト以前に不満や改善欲求を抱えている場合も多くあり、その場合は深読みせずとも役立ちます。
例えば、世界有数の電動工具大手メーカーDeWalt社は、2015年に顧客が製品開発のアイデアを投稿できるプラットフォーム 「Insight コミュニティ」を立ち上げ、有益な意見を募った結果、研究費を 600 万ドル近く節約したそうです(参考:braineet.com)。
手法例:
1:1の顧客インタビューはその場の会話の盛り上がり、ポイントをついた質問によって、顧客がそれまで気づいていなかった欲求、希望、心理に気づくことがあります。いわゆるナラティブなアプローチの効用であり、たった1人の顧客インタビューであっても、予想以上にインサイトを得られます。
例えば、P&G出身の西口 一希氏による『たった一人の分析から事業は成長する 顧客起点マーケティング』では、実在するたった1人のプロファイル(行動、心理)を分析することからいかに知見を得られ、成功するかが紹介されています。「顧客に直接聞く」ということは、さまざまなインサイトを得られる、非常に実践的な手法です。
手法例:
BtoBの場合、顧客の企業規模、エリア、業績などのファーモグラフィックデータも重要です。統計データなどとCRMなどで得られる、顧客ごとの購入履歴を統合して分析することで、業界、企業規模、エリアなどによる購入傾向の違いがわかります。
ファーモグラフィックデータの分析は、他のアプローチを実施する際の前提としても行う必要があるでしょう。
例:
見込み客のWeb上の行動データは、マーケティング施策の検証、改善、新たな施策へのインサイトを提供してくれます。
どのようなキーワードで検索して流入する訪問者が多いのか、どのチャネルから多く流入しているのか? どのページがキラーコンテンツになっているのか? 離脱しやすいのかなど、直近のマーケティング施策の改善に活用できるインサイトを得られます。
近年は、ファーモグラフィックデータ、自社Web上の購買行動、サードパーティのデータなど、すべてのデータを統合してインサイト導きだすITプラットフォーム(CDP)も登場しています。一般のSaaSより高額ですが、大量なデータ分析を自動かつリアルタイムで分析し、インサイトを提供してくれます。
CDPを活用する企業は活用しない企業と比較して、顧客満足度の年間成長率が9.1 倍、前年比収益成長率が 2.9 倍という結果が、米国のSegment社とAberdeen社の調査で出ています。以下に2社のサービスを紹介します。
(出典:Microsoft)
機能:Dynamics 365 Customer Insights は、Microsoft が提供する顧客データ プラットフォーム (CDP) です。 顧客のトランザクション、行動、 IoT データなどを統合し360 度の顧客ビューをリアルタイムに作成し、インサイトを提供します。
価格:10万8720円~16万3070円 テナントごとの月額 ※無料試用版あり
(出典:Oracle)
概要:Unityは、Oracleが提供する複数のソースからカスタマーデータを収集・統合して顧客ごとのビューを構築するプラットフォームです。
CRM、マーケティング・オートメーション、A/Bテスト、コンテンツの作成、パーソナライズ、ソーシャルメディア・アウトリーチなどのマーケティング活動に利用できるように、データを再フォーマット化できます。
ここでは、カスタマーインサイトの具体的な活用方法を解説します。
見込み客は私たちにわざわざ語りかけてくれません。ですので、複数のデータから得られるインサイトをもとにペルソナ、カスタマージャーニーを作成することが大切です。ペルソナとカスタマージャーニーの精度が高くなれば、見込み客および既存顧客に対しても、どのチャネルでどのようなメッセージを配信すれば良いかがわかります。
マーケターの頭の中だけでペルソナを作成するよりも、顧客インタビューを実施し会話から得るインサイトを活かし、統計データを見て自分のバイアスを外せれば、よりペルソナが実像に近くなるでしょう。
ペルソナの解像度が高まれば、マーケティングキャンペーンの成功度も高まります。自分の本当のペイン、課題、欲求に刺さるメッセージは見込み客を惹きつけるからです。
オンラインレビューの評価、顧客アンケート、顧客インタビューで得られた商品・サービスに対する不満やインサイトをもとに、既存商品・サービスの品質を最適化しましょう。
ポジティブな内容もネガティブな内容も、商品・サービスの品質、販売チャネル、カスタマーサポートなどに活かせます。多角的なデータから得られたインサイトは概ね的確です。多少であれ進歩することで、既存顧客の顧客体験が向上しますし、新しいユーザーの満足度も高まります。
もちろん、いきなり100点にはできませんが、ホールプロダクトの概念を頭に入れ継続的に商品・サービスを進化させることが大切です。幸い、SaaSの場合はユーザー側にサービスは進化していくものという理解があり、「今はちょっと? だけどAIが学習したら半年後には……」と、進化させ続ければ期待し続けてくれることが少なくありません。
ホールプロダクトの概念
カスタマーサービス、カスタマーサポート、サービスの現場などは、ユーザーの辛口レビュー、顧客アンケートにある意見、同業他社レビューの高評価ポイントなどから得られるインサイトを、最もすぐ反映させやすい領域でしょう。
サービス領域はスタッフの意識、マニュアルの改善等を実施すれば、ある程度はすぐ進歩するからです。ただし、現場のスタッフの努力だけに頼る改善には限界があるので、組織の体制、マネジメント体制などもアップデートしていくことが重要です。
近年、サービス領域においては従業員満足度が顧客満足度向上につながり、企業利益につながるという研究が出ています。このサービスプロフィットチェーンという考え方を理解し、従業員の満足度への投資を意識してほしいです。
顧客や業界だけを見ていても、インサイトを十分に活かせるとは言えない時代です。
最近ならウクライナ事変、コロナパンデミックがありますし、米国の大統領が変わる、中国が……といった感じで大きな世界の流れによって、ビジネス現場での前提など簡単にくつがえります。
テクノロジーの進化も要注意です。例えば、近年の機械翻訳の進歩によりDeepl翻訳などで、もう誰でも海外サイトを日本語で読めます。YouTubeの海外動画にも日本語字幕がどんどんついています。これは、関連業界が打撃を受けるという話だけでは終わりません。
言葉の壁がなくなることで企業の調達、営業、人材採用は劇的にハードルが下がりますので、顧客のビジネスの仕方が変わる可能性があります(日本人ビジネスマンも、在宅で海外企業に採用してもらえる時代はすぐかもしれません)。
2022年には、日本でも画像作成、記事コンテンツのAI搭載SaaSが利用できるようになりました。こちらもクリエイティブ領域だけでなく、社内のワークフローを激変させる可能性大です。言葉を使うあらゆるシーンに飛び火する可能性があるでしょう。
このような破壊的テクノロジーが出てくると顧客は何を感じるか? どのようにビジネスを変化させていくか? うちの業界のサービスを使い続けてくれるか? など顧客目線で観察してインサイトを得ることが、革新的なサービスの開発につながります。
今のところ、AIを搭載したと騒がれているSaaSも、日本では「正直、今ひとつ……」なものがまだ多いかと思います。だからこそまだチャンスがあります。業界内外のイノベーターの動向を常にチェックしましょう(大手が参入したあとでは厳しくなります)。
PEST分析(政治、経済、テクノロジー、社会)を行ってビジネスのメガトレンドを理解し、その上でさまざまな手法で得たインサイトを掛け合わせ、お客様に喜んでもらえる革新的な新製品を開発する。この部分だけは、カスタマーインサイトプラットフォームの分析でも解は出てきません。社内の人が考える必要があるのです。
カスタマーインサイトは、言語化されているニーズではなく、顧客の心にある潜在的な欲求、願望です。人は自分の本当の課題や求めていることを言語化できていないことが多いので、見込み客や顧客のカスタマーインサイトをつかむことは、マーケティングにおいて非常に重要なことです。
カスタマーインサイトを得るには、オンラインレビュー、顧客インタビュー、顧客アンケート調査、CRMのデータ分析、Web上の行動履歴分析、カスタマーインサイトプラットフォームの活用など、無料〜有料のさまざまなアプローチがあります。
まずはたった1人でも顧客インタビューを実施して、その上で改めてレビューサイトやSNSの評価を見ると、いろいろな気づきを得られると思います。もちろん、大量のデータをITツールで分析した結果も、知らないうちに自分が持っていたバイアスを外してくれる点でかなり有効です。