起業家あるいはスタートアップ企業の社員なら、自社製品・サービスを世界中の国々のユーザーに使ってもらいたい、何かの領域で世界No.1に、少なくとも日本No.1になりたいといった野望を持つのは自然なことかと思います。
たとえ周りから嘲笑されようとも「そこそこでいい」なんて思っていたら、あっさり淘汰されるのがベンチャーの世界。目標はできるだけ大きく持ちましょう。
とはいえ素晴らしい製品・サービスがあっても、少人数のスタートアップ組織がそれを世の中に拡販していくには、売る仕組みづくりが必要不可欠です。営業員不足を補う方法として、以前にチャネルマーケティングの記事を書きました。
今回は、パートナーリレーションシップマネジメント(PRM)という概念およびPRMソフトウェアについて紹介します。米国では、PRMソフトウェアの市場規模が2010年代後半から急成長し始めています。これまでのSFAやCRMなどのセールステック類と同じように、おそらく近いうちに日本にもトレンドがくるでしょう。
ツールの導入はさておき、自社と協力してくれる、自社を応援してくれるパートナー企業を増やすことは非常に重要です。本記事を通してパートナーの種類、パートナーリレーションシップマネジメントという概念、PRMソフトウェアの存在を知って、2022年以降の自社の売る布陣をどう組み立てていくかのヒントにしていただければ幸いです。
パートナーリレーションシップマネジメント(PRM)とは、ビジネス領域では企業が自社製品・サービスを販売するパートナー(企業・個人)をマネジメントすることを指します。英文字のPartner relationship managementを略してPRMとも呼びます。
パートナーリレーションシップマネジメントは、非常に広い意味を持つ言葉であり、チャネルパートナーの構築、パートナーとの信頼関係醸成、サポートや育成、管理、パートナーリレーションシップマネジメントに活用するRPMソフトウェアまでを含んだ概念です。文脈によっては、単にソフトウェアのPRMを指します。
(言葉の意味)
パートナーリレーションシップマネジメントの目的は、ベンダーが販売パートナーとの信頼関係を良好に保ち、販売パートナーの力を最大限に活かして自社製品・サービスを拡販していくことです。
BtoB領域では、昔からパートナーリレーションシップマネジメントは行われてきました。多くの企業は自社の営業部門だけでなく代理店営業部門を持ち、外部のパートナー企業と提携しています。
しかし、近年はさらにパートナーリレーションシップマネジメントが重要視されつつあります。主な理由はビジネスのデジタル化、テクノロジーの進化です。
営業活動を科学的に再現性のある活動にするという試みが2000年ごろから行われ、多くの企業が自社の営業活動マネジメントにCRMやSFAを導入したのはご存知のとおりです。直接販売にこの2つのソフトウェアが活用されたように、実はその後パートナー企業のマネジメントにも活用できるPRM(ITツール)が登場していました。
しかしCRM、SFAといったツールも、初期のころは導入企業が使いこなせないことも多く、顧客満足度があまり高くない状態でした。直接販売よりさらに関係性の難しいPRMが浸透する土壌は、できていなかったといえるでしょう。
CRM、SFAの顧客満足度が徐々に高くなる2010年代半ばから、PRMを提供するベンダーも増えていきます。2017年には米国セールスフォース社がPRMをリリースします。CRMトップベンダーが提供することで、PRMはかなり知られるようになりました。
以下は、米国の市場調査会社Grandview research社によるPRMソフトウェアのPRMの市場調査です。2018年から着実に伸び始め、2021年から2028年にかけて16.2%の複合年間成長率(CAGR)で拡大すると予想されています。この他にも、多くのレポートでPRM市場の成長が予測されています。
CRMとPRMはよく似ています。
CRM(Custome relationship management:顧客管理システム)とは、広義では顧客との信頼関係を良好に保ち続けることで、売上げを最大化していくマネジメント手法のことです。狭義ではITツール(ソフトウェア)のCRM(顧客の発注時期、内容、頻度、売上げ金額、問い合わせ内容等の管理システム)を指します。
CRMとPRMの違いを簡単にいうと、直接販売を想定したマネジメント手法か、もしくは間接販売を想定したマネジメント手法かという点です。
ITツールについて限定していえば、そもそもPRMはCRMやSFAをもとにしてできたシステムなのです。
ITツールのCRMは、営業スタッフが情報を入力します。CRMには既存顧客との取引情報がすべて蓄積されています。情報が可視化、資産化されているので、もし担当営業スタッフが退職しても新任の営業はCRMにアクセスすればスムーズに業務を引き継ぐことが可能です。
また、CRMのデータをもとに顧客の動向を分析し、よりよい提案に結びつけたり、営業スタッフの教育に活かしたりすることができます。
ITツールのPRMは、パートナー企業の営業社員が入力します。PRMにも、CRM同様に顧客情報、取引情報が蓄積され、同じように営業活動の可視化、顧客への最適な提案に生かせるのが特徴です。ベンダーはPRMのデータをもとに、パートナー企業の営業サポート、教育などが行えます。
では、PRMがなぜここまで注目を集めているのでしょうか。以下では、その具体的なメリットを3つの観点から掘り下げていきます。
ビジネスを持続的に成長させるためには、市場の拡大と営業効率の両軸で施策を打つことが理想的です。
しかし、この2つはしばしばトレードオフの関係にあります。新市場に参入すればリード獲得単価(CAC)が上昇し、営業効率は低下します。一方で、既存市場に注力しすぎると拡張性を失い、競争激化の中で利益率が圧迫されていくでしょう。
この拡大と効率のジレンマを構造的に解決する手段がPPMです。
自社リソース外の営業機能を戦略的に活用し、市場の広がりと売上げの再現性を同時に実現する仕組みを構築できます。製造業でよくみられる例ですが、新たな国に参入する際、すでにその市場にネットワークを持つパートナーを通じて販売活動を展開することで、参入コストを抑えつつ新たなチャネルを開拓できます。
トヨタや本田などの日本が誇る自動車メーカーは、世界中に広がる販売代理店網や部品サプライヤーと連携しており、これはPRMの典型といえるでしょう。単なる営業アウトソーシングではなく、既にローカルで信頼関係を構築している第三者によるアプローチであるため、初動が速く、顧客の抵抗も小さいのが特徴です。
さらに、PRMを体系的に運用すれば、どのパートナーがどの市場でどのような成果を上げているのかをリアルタイムで把握できるようになります。その結果、再現性のある収益モデルを複数立ち上げることも可能です。
PRMに関してよくある誤解が、優秀なパートナーであれば自発的に製品を売ってくれるという考えです。
この発想には、リレーション構築の視点はあっても、マネジメントの視点が欠けています。どれほど優れたパートナーを獲得しても、連携プロセスが場当たり的で、対応すべき事項が明文化されていなければ、協業は長続きしません。
業務が属人化し、情報共有が断絶して、判断が個人に委ねられることで売上げは不安定になり、トラブルも発生しやすくなります。最終的には動かないパートナーが増え、PRMが形骸化してしまうのです。
まず業務標準化とは、単にルールを定めることではありません。それは、「誰が・いつ・何を・どの順序で・どう実行するか」をパートナーの業務フローにまで踏み込んで設計し、プロセスを可視化・自動化することです。
目的は、誰が対応しても同じ水準の成果を出せる再現性の確立にあります。単なる資料の提供だけでは不十分であり、オンボーディング手順、提案テンプレート、フォローアップのステップ設計、FAQ整備、案件登録・承認フロー、フィードバック取得、契約更新の案内まで、すべてを体系化・整備する必要があります。
こうした仕組みが整えば、パートナーの経験値にかかわらず均一な品質で営業活動を開始でき、立ち上がりのスピードが加速します。結果として、育成コストの削減や売上予測の精度向上にもつながり、組織としてスケール可能な状態が実現します。
さらに、パートナーのエンゲージメントを維持するための工夫も欠かせません。活動レビューや定例ミーティングなども重要ですが、やはりパートナーも事業をする以上、インセンティブが最重要と言っても過言ではありません。
HubSpotはこの設計に優れており、パートナーをティア(ランク)付けしています。当然ながらティアが高くなるほど、多くの顧客を獲得できるようになり、インセンティブの割合も高まります。パートナーは多くの売上げを得るため精力的に活動し、HubSpot側はそれに伴った多くの顧客を得られるという好循環を創出しているのです。
(出展:HubSpot)
PRMは、売上げを拡大するための仕組みであると同時に、外部の知見・視点・価値観を自社の事業構造に取り込み、進化を促すための装置でもあります。
なぜなら、パートナーは本質的に、自社では直接アクセスできない顧客ニーズや市場知識、技術資源を有する存在だからです。自社内で製品を磨き続けても、それは既存の枠組みの中での最適化にとどまりがちです。外部パートナーとの協業こそが、新たな示唆や気づきをもたらし、イノベーションのきっかけとなります。
たとえば、Salesforceは製薬業界に特化したCRMを展開するVeeva Systemsとパートナーシップを結び、Salesforce上で動作する医薬業界専用CRMをAppExchange上で共同開発・提供しました。
(出典:Salesforce)
Veevaは、PRMを通じてSalesforceのプロダクト基盤を活用し、自社独自のSaaSを構築。結果として、Veevaは製薬業界におけるデファクト・スタンダーとなり、上場企業へと成長しました。一方、Salesforceはこの協業によって医薬業界でのシェアを大きく拡大し、「製薬業界を制したCRM」という評価を得るに至りました。
さらに注目すべきは、Veevaがパートナー契約の終了を発表した後のSalesforceの動きです。同社は製薬業界向けの自社製品開発を加速させ、多くの顧客の引き留め・獲得に成功しました。このように、パートナーの動きを通じて新市場を開拓し、戦略的に事業をスケールさせることが可能となるのです。
こうした事例に見られるように、パートナーからのフィードバックを製品開発や営業戦略に反映すること、また共にウェビナーや業界イベントを開催するなどの共創活動を通じて、協業はイノベーションへと結実します。
ただし、これを実現するためには、「誰が・どこで・何を・どうフィードバックし、それをどのように自社に取り込むか」という、いわばイノベーションのサプライチェーンが必要です。そして、その連携と統合を支えるのが、PRMのもうひとつの本質的役割なのです。
PRMの導入は、単にパートナーとの関係を効率化するだけでなく、事業成長の局面で次の一手を打つための戦略的な武器となります。では、どのような状況下でPRMの価値が最も発揮されるのでしょうか。
以下では、代表的な活用シーンを4つの視点から見ていきます。
新市場に参入する際、多くの場合、言語、商習慣、制度、競合構造、認知度、物流、信用、リスクなど、さまざまな課題に直面します。これらは自社からは把握しづらく、独力での解決が困難です。新市場に直販で進出する場合、コスト・スピード・成功確率のすべてにおいて不利となる可能性が高くなります。
こうした状況において、PRMは障壁を越えるための有効な手段となります。PRMが真に力を発揮するのは、自社が信用・文化・関係性を持たない領域に、短期間で成果を求める場面です。
具体的には、以下のようなケースが該当します。
これらの市場において自社でゼロから体制を構築するのは、膨大なコストと時間を要するうえ、試行錯誤の末に撤退を余儀なくされるリスクもあります。その前に、PRMを活用した合理的な接続方法を検討する価値があります。
PRMを活用することで、パートナーが既に保有している次の3つの資産を活かせます。
直販であれば半年以上かけて得る知識や信頼も、パートナー経由であれば短期間で得られます。その結果として、新市場の開拓を効率的に進められます。
パートナー教育を構造的に設計しないまま販売を開始すると、製品理解が不十分な状態で提案が行われ、顧客との信頼関係やブランドイメージを損なう可能性があります。
PRMを推進するにあたっては、パートナー企業を自社の外部営業組織ではなく、自社の分身と捉えることが重要です。製品理解を促進するだけでなく、ミッションや価値観への共感を得て、実際に自社製品を活用してもらえるようにしましょう。
そのためには、教育と管理を支える仕組みの整備が不可欠です。具体的には、以下のような施策が有効です。
実際、BtoB企業がパートナーのランク付けを行う理由のひとつとして、商材理解の促進があります。たとえばSalesforceは、パートナープログラムへの参加条件として2種類の認定資格の取得を義務付け、さらにランク制度によってパートナーを分類しています。これは、自社製品に関する知識を備えたパートナーのみを育成・選別する設計であり、パートナーの自主的な学習を促す仕組みともいえます。
(出典:Salesforce)
もちろん、Salesforceのようにブランド力と実績を持つ企業でなければ同等の制度運用は難しいかもしれませんが、インセンティブ設計や学習資料の提供など、参考にできる要素は多くあるでしょう。複雑商材においては、製品を正しく伝える力が売上げに直結します。
自社の営業担当であれば正確に説明できる内容も、パートナーを経由することで誤解や伝達ミスが生じる可能性があります。この誤差を最小限に抑えるためには、PRMを教育設計の中心に位置付け、制度として運用することが不可欠です。
チャネル戦略が拡大・成熟していく中で、多くの企業が直面するのが直販チームとパートナー間、またはパートナー同士の営業競合です。いわゆる「チャネルコンフリクト」と呼ばれるこの問題は、自然発生的に起こるものですが、放置すれば営業効率の低下、報酬の二重支払い、パートナーとの信頼喪失、ブランドイメージの不統一といった影響が広がります。
このような状況に対して、PRMは売上配分や営業責任の所在を明確にする制度的な仕組みであり、チャネル戦略を安定的に運用するための基盤です。
チャネルコンフリクトが発生する主な原因は、売上げの帰属が不明確であることです。たとえば、直販チームが継続的に関係構築してきた案件に対して、パートナーが突然紹介を行ったり、あるいはパートナーが獲得したリードを直販がクロージングしてしまったりするケースです。こうした曖昧な状況が繰り返されることで、社内外に不満が蓄積され、パートナーの活動が減少していきます。
この課題の本質は、関係性の問題ではありません。ルールの不備およびツールの未導入に起因するケースが多いです。パートナーの数が少ない段階では手動管理も可能ですが、100社を超えているならツールを活用して、各代理店の営業活動を可視化し、チャネルコンフリクトを解消するようにしましょう。
ただし、ツールを導入してもパートナーが案件情報を入力してくれるとは限らないため、入力状況に応じてランクアップや報酬アップが起きるインセンティブを用意するとよいでしょう。
パートナービジネスにおいて、チャネル経由の売上げが急増し、パートナー数が増加すると、多くの企業がマネジメントの限界に直面します。特に以下のような課題が顕在化しやすくなります。
これらの問題の背景には、組織の複雑化に対して管理の構造が追いついていないという共通点があります。Googleスプレッドシートやメールなど、断片的な手段による情報管理は、誤記や情報の欠落を招きやすく、パートナーからの信頼を損ねる要因にもなります。
こうした状況において有効なのが、PRMの導入です。PRMは、複雑化するパートナービジネスに再現性と透明性をもたらす仕組みであり、人手による記憶や判断、連絡といった属人的な処理を排除します。
たとえば、PRMを導入することで、営業資料、案件情報、オンボーディングの進捗などを1つのプラットフォーム上で一元管理できます。これにより、パートナー自身が必要な情報にアクセスし、自立して活動できるようになるでしょう。また、自社側でも支援の優先順位や対応方針を可視化できるようになります。
さらにPRMは、単なる業務効率化のためのツールではありません。情報の整合性、スムーズなコミュニケーション、正確な報酬処理といった仕組みを通じて、パートナーとの信頼関係を構築する役割も担います。パートナーとの長期的な関係性を築いていく上で、PRMはその基盤となる存在です。
PRMは、パートナー施策を効率化し、収益構造を強化するための強力なツールです。しかし、導入によってすぐに成果が出るかといえば、決してそうとは限りません。むしろ、どのように設計し、どう運用するかによって、PRMの効果は大きく左右されます。
では、PRM導入の際に注意すべき具体的なポイントはどのようなものでしょうか。ここでは、5つの重要な観点に沿ってそのリスクと対策を確認していきましょう。
PRMの導入を検討する段階にあるということは、すでに一定のチャネル規模や複雑性に直面している状態でしょう。しかし、その段階でしばしば見落とされるのが、現在のパートナーは本当に適切かどうかという根本的な確認です。この点を整理せずにPRMを導入しても、管理対象がそもそも適正でなければ、制度疲労を引き起こす要因になります。
まず前提として、パートナーは単なる販売委託先ではなく、顧客との接点を担う重要な関係者であり、自社を代表する存在です。そのため、自社との価値観や行動原理に大きなずれがあれば、いかにPRMで業務を管理できたとしても、結果として顧客満足度の低下やブランドイメージの毀損につながる可能性があります。
では、適切なパートナーをどのように見極めればよいのでしょうか。
表面的な売上げや過去の取引実績だけでは判断できません。自社の戦略との整合性を軸に、以下のように複数観点から評価を行う必要があります。
SalesforceやHubSpotのような企業は、厳格な選定基準によって親和性と熱量の高いパートナーのみを集めています。一方、スタートアップや知名度の低い企業は、選定基準を厳しくしすぎるとパートナー数が集まらない可能性があります。その場合、まずは数を重視し、そこから稼働率や学習率の高いパートナーを見極めて重点的に支援するアプローチが現実的です。
ただし、最終的には量より質の戦略へ移行することが不可欠です。真に関係を深めるべきパートナーにリソースを集中し、その他は整理・見直す判断が求められます。この選別ができなければ、PRMはかえって管理負荷を増やす要因となってしまいます。
PRMの導入は、単なる情報共有の効率化にとどまらず、パートナーの行動を制度として管理・誘導するための仕組みです。特に報酬構造は、行動に直結する重要な要素です。たとえば、直販とパートナー企業が同一の顧客に重複してアプローチし、互いに認識していない場合、報酬の二重支払い、パートナーの意欲低下、顧客の不信感といった問題が生じかねません。
これを防ぐには、成果の所有権を明確にし、「誰が・いつ・どの顧客にアプローチしたか」を記録・管理する体制の構築が必要です。適切なツールを用いて案件の登録や進捗状況を可視化・管理しましょう。また、「登録が早い者勝ち」方式ではなく、営業活動が伴わなかった場合には登録の有効性を失効させるルール(例:90日間アクションがなければ自動解除)も設けるべきです。
報酬設計においても、慎重な配慮が求められます。たとえば、同じ条件で受注したにもかかわらず、A社では自社営業が成果を持ち去り、B社ではパートナーが報酬を得た場合、A社のパートナーは「自分たちは企業の都合に利用されているだけだ」と感じる可能性があります。こうした不公平感を防ぐためには、報酬発生の条件を明文化し、すべてのパートナーに対して明示的に共有することが重要です。
さらに、見えにくい努力を評価対象とする仕組みも求められます。BtoB企業においては、必ずしもすべての活動が受注に直結するわけではなく、失注に終わった案件にも多くの貢献が含まれます。たとえば、RFPの作成支援、技術的な検証、価格交渉、ローカル言語対応などがそれに該当します。これらの努力が評価されない状態が続けば、パートナーのモチベーション低下は避けられません。
そこで、リード獲得5回、商談3回などの具体的な行動を評価基準とし、案件成立の有無にかかわらずスコアに応じた部分的な報酬が支払われる制度の導入も検討に値します。
PRMの本質的な価値は、チャネルごとの活動を全社的な意思決定と接続し、収益に結びつける仕組みの構築にあります。PRMが他の業務システムと連携していなければ、単なる情報整理ツールにとどまり、十分な成果を上げることは難しいでしょう。
データ分断の例としては、CRM上では案件が直販経由として記録されている一方で、実際にはパートナーが大きく貢献していたケースや、MAで高スコアのリードが生成されていても、その情報がPRMに共有されず、パートナーがリードを放棄してしまうといった状況が挙げられます。これにより、営業リソースの無駄遣い、インセンティブの誤配分、ROIの誤認といったリスクが生じます。
さらに、データの定義や記録基準がシステムごとに異なる場合、分析そのものが成り立たなくなる恐れもあります。たとえば、PRMでは「案件登録日」が初回接点日として記録される一方、CRMでは「初回連絡日」が基準となるケースです。このような定義のずれが、分析結果に大きな誤差を生み、経営判断を誤らせる要因になります。
こうした課題に対応するには、まずCRMで利用されている「取引先ID(Account ID)」を、すべてのシステムで共通の参照軸として設定する必要があります。このIDを基点に、PRM、MA、SFAの間でデータ連携を一意に行えるようにします。
あわせて、APIを活用したリアルタイム同期を導入し、接続エラーが発生した際には即時にアラートが通知される仕組みも重要です。これを怠ると、成果報酬の未払い、未接触リードへの案件登録といった不正や混乱を招く恐れがあります。
PRMを導入する際には、機能やツールの選定だけでなく、既存システムとの構造的・思想的な整合性を重視することが欠かせません。単に連携できるかどうかではなく、何を連携し、どう活用するかを明確にしましょう。目的が不明確なままツール同士を接続すれば、現場に過剰な情報と混乱をもたらす結果になりかねません。
PRMを導入する際に、ガバナンスや権限設計を軽視すると、管理が行き届かなくなる、あるいは社内外で摩擦が生じるといった問題が発生しやすくなります。これらは運用上のミスというよりも、制度設計自体の不備に起因するものです。
とりわけ多くの企業が導入時に直面するのが、パートナーにどこまで情報を開示すべきかという判断です。競合比較資料、キャンペーン情報、案件リストなどを利便性の名のもとに無造作に共有してしまうケースがありますが、ガバナンスの設計が不十分な場合、以下のような問題が起こり得ます。
これらの背景には、誰が・いつ・何を・どの範囲で利用できるかという権限設計の不明確さがあります。権限管理はセキュリティ対策にとどまらず、外部組織を含むPRMにおいては、ビジネスリスクを制御するための中核的な仕組みです。
そのため、PRMの構築初期段階では、パートナー階層ごとのロール定義と権限テーブルの明文化を行うようにしましょう。
たとえば、Goldパートナーには案件登録・進捗入力・資料閲覧を許可し、Silverパートナーは資料閲覧のみとし、案件登録はチャネルマネージャーを通じて行う、といった明確な区分けが必要です。これらのルールをシステム上に実装することで、意図しない操作や情報漏洩のリスクを大幅に低減できます。
加えて、案件登録に関しては、承認プロセスの設計も重要です。
PRMでは複数のパートナーが同一顧客にアプローチする可能性があるため、誰が案件の主導権を持つのかが不明確なままでは、トラブルの原因となります。この点では、重複案件を自動検出・制限する機能や、「登録後〇日以内の重複は禁止」といったルールを設けることで、秩序ある運用が可能になります。
さらに、これらのルールは運用フロー図や契約書に明記し、パートナーにも明確に伝えることが不可欠です。ガバナンスの設計とは、倫理や信頼を制度として言語化し、組織文化として定着させる取り組みです。たとえ関係性に信頼があっても、仕組みとして担保されていなければ、事業の拡大とともにその関係性は不安定になりかねません。
近年のPRMソフトウェアは、リード段に対するパートナー企業の活動、KPI設定、価格設定、割引の追跡などさまざまな機能があります。ここでは、代表的な3社のPRMソフトウェアを紹介します。
提供企業:Salesforce.com, Inc.
概要:CRMトップベンダーのセールスフォース社が提供するPRMは、ディストリビューター、リセラー、ブローカーなどの間接販売チームとのリレーションシップを強化します。チャネルパートナーのパフォーマンスをクラウド上で確認できるため、コラボレーションが向上し適切なパートナー支援が行えます。
自社の世界領域での全商談の 3 分の 1 は、チャネルパートナーによる販売が占めています。この成果を支えているのが、セールスフォース社のノウハウが活かされたPRMソフトウェアです。
価格:$ 10 /ログインまたは$ 25 /メンバー 米ドル/月*
特徴:
サポート体制:
基本プランでは、カスタマーサポートコミュニティ、ウェビナーなどイベントへの参加等が可能。高価格なプランでは追加サポート機能として、パートナー企業への24時間年中無休のサポート、専門家によるコーチングセッションなどが提供されます。
提供企業:PartnerStack Inc.
概要:PartnerStackは2015年にリリースされたSaaS向けのPRMプラットフォームであり、パートナー企業の採用、リソース管理、取引の管理、紹介の追跡、紹介に対する支払いまで対応しています。導入するとPartnerStackマーケットプレイスで、80万以上のアフィリエイト、紹介、リセラーのパートナーにプログラムを宣伝してくれるなど、パートナー採用面でのサポートも強力です。
価格:マーケティングチャネル、紹介チャネル、リセラーチャネル、マルチチャンネル
の4種類の価格プランあり(詳細な価格はフォームで問い合わせ要)。
主な機能:
PartnerStackはITツールのレビューサイトG2において何年にもわたり数々の賞を受賞しており、好意的なレビューが数多く寄せられています。
提供企業:PartnerProp
PartnerPropは、パートナー管理の効率化を目的に開発された国産PRMツールです。ノーコードで構築できるパートナーデータベースとCRM・eラーニングとの連携機能が特長で、契約進捗や教育状況などの情報を一元管理できます。
Salesforce、HubSpot、kintoneなど主要CRMとAPI連携でき、案件共有、報酬管理、活動ログを1つのプラットフォームで完結。従来のExcelやメール管理から脱却し、運用負荷を軽減します。
主な機能:
また、パートナー階層ごとの閲覧権限やログ自動保存、IP制限、二段階認証などの機能も備え、セキュリティやガバナンスにも対応。教育、営業、契約、報酬のすべてを統合したUI設計により、担当者の負担を最小限に抑えつつ、運用全体の最適化が図れます。
マネジメントという言葉は、そもそも日本語で「管理」と訳されたため誤解を招いたとよくいわれます。CRMを「顧客管理システム」、パートナーリレーションシップマネジメント(PRM)を「パートナー企業管理システム」と訳すと、たしかに上から目線な冷たい感じがあります。
日本語に適切な言葉がないというのもありますが、本来の「マネジメント(management)」の意味は、目的に対してどうにか何とかしていく、成し遂げること。そう考えると泥臭い行動や人間的な感情のやりとりも含めて、努力するイメージがわくのではないでしょうか?
パートナーリレーションシップマネジメントも管理ではなく、自社および外部パートナーの信頼関係を重視して、互いの目標を達成するために何とかしていくと捉えていただければと思います。顧客だけでなく、社員だけでなく、パートナー企業の面々からも応援されるような信頼関係を構築できる企業を目指しましょう。