最近は、日本でもマーケティング部門がリードを生み出して企業収益に貢献する企業が、SaaSやICT企業の一部で増えてきました。筆者の肌感覚としてそのように感じるものの、一般的なSaaSやICT企業、非ICT系企業ではまだまだこれからというのが実態だと思います。
実際、マーケティング施策でリードを生み出して案件化し、さらに営業担当者が契約するまではかなり長く複雑なプロセスで、1日で改革をするには非常に難しい事象です。
いわゆるこの間の「パイプライン管理」は、部門間での調整が発生するためなかなか大変であり、途中に漏れがあったり寸断によってリードが激減したり、かと思えば営業案件が詰まってしまったりします。
これはマーケティング先進国の米国でも課題のようであり、マーケティング担当者やセールスリーダー1700名を対象に調査した「The State of B2B lead management 2022」において、2022年の市場開拓組織の優先順位のトップに「パイプラインの成長」があげられています。
本記事では、そもそもパイプラインとはどのような意味か? BtoB企業におけるパイプライン管理の重要性やメリットとは何か? パイプラインの作り方などを解説します。
パイプラインとは、ビジネス領域で「プロセス、進捗」の比喩で用いられる用語です。「製造パイプライン」「プロジェクトのパイプライン」「セールスパイプライン」など、他の単語と組み合わせて多様な表現がされています。
マーケティング領域でのパイプラインとは、広義では「見込み客とプロモーションなどで初めて接触したステージから、最終的に契約にいたるまでの一連のプロセス」を指します。
狭義では、「営業マンの初回のコンタクト~契約までのプロセス、いわゆるセールスパイプライン」を意味します。
パイプラインの元々の意味は、石油やガスなどを運ぶ長い管路です。例えば、最近ニュースによく出るように、ドイツとロシアの間には天然ガスを運ぶ海底パイプラインが敷設されています。
(出典:PIXABAY)
パイプをたくさん接続して、遠隔地まで何かを届けるインフラ機能から派生して、ビジネス領域でも比較的長期の進捗管理をパイプライン管理と呼ぶようになりました。
リードのパイプラインなら見込み客情報を、セールスパイプラインなら案件を、次の工程にどんどん送り出していくようなイメージです。
ファネルとパイプラインの違いは、視点の位置にあります。ファネルは、プロセスを見込み客の購買プロセスに沿ってフレーム化したものであり、視点がユーザー側。パイプラインは逆に自社の活動の工程を可視化するためのフレームワークなので、視点が自社に向いています。
パイプラインは、リードをいかに案件化し、営業担当者がいつ提案、クロージングして成約するかを目的に、各段階を視覚的に表現する生産性向上のためのツールです。
最適なパイプラインの長さやステージの区分は、ビジネスモデルによって異なります。
例えば以下の動画では、3種類のパイプラインのパターンを紹介しています。BtoB SaaSのかなり長めのパイプラインの例(トラフィック~契約~アップセルまで)も解説されています。
(出典:YoTube)
BtoB企業でパイプライン管理が普及した理由のひとつには、SFA(営業管理システム)やCRM(顧客情報システム)の登場があります。
特にSFAは営業領域に科学的なマネジメントを持ち込んだという意味で、かなり影響が大きかったと言えるでしょう。
実はそれ以前は、多くの企業で営業プロセスを管理する考え方が根づいておらず、営業活動はブラックボックス化しがち、成果も営業マン個人の能力に依存、などマネジメント上の課題は山積みでした。
営業活動を分解してステージごとに分けて管理することのさまざまなメリットが、結果的に収益向上に結びつくことが知られ、パイプライン管理を行う企業が増えたのです。
前述のとおり、米国のBtoBマーケティング担当者や営業リーダーは、デマンドジェネレーションにおいて「パイプラインの成長」を重視しています。また、同調査では、82%のマーケティング担当者が「自分が開拓したセールスパイプラインによって評価される」と答えていることが紹介されています。
パイプランをどう設計し運用するかは、マーケティング担当者にとって重要なミッションなのです。
(出典:「The State of B2B Lead Management 2022」-Marketingcharts.com)
ここでは、パイプラインの作り方を説明します。
パイプラインのステージを設定します。適切なパイプラインの区分は業界、企業によって異なります。セールスサイクル(受注するまでの期間)、セールスの難易度、組織形態などを考慮して決めてください。
以下は、B2Bのパイプラインを7つのステージに分ける場合です。
ステージを設定したら現在かかえているリード、見込み客をすべてパイプラインのステージに割り当てます。そうすると、リード獲得の状況、営業部門の活動の進捗状況が可視化できます。
パイプラインで管理すべきリードの総数を決めます。売上目標を達成するために、どのくらいの量のリードを集めるかを、逆算して出していきます。
売上目標1億円 ÷ 平均取引単価(100万円)=100件
100件 ÷ 成約率(0.5)= 200件の提案が必要
200件 ÷ 案件化率(0.2)= 1000件のリードが必要
※営業リーダーは、上記を営業マンの人数で割って振り分けます。
(参考:G2.com、freshworks.com)
実際はもっと細かく試算するので、CRMを活用すると思いますが、Excel利用の場合、計算用テンプレートが無料ダウンロードできる海外サイトもあります(以下、Google翻訳で和訳)。
TTEC社の無料Sales Pipeline Calculator
(出典:ttec.com)
パイプラインのボリュームを決めたら、トラックすべき指標を決めます。リードの数、営業の取引状況はリアルタイムに変わるものです。重要な指標をチェックすることで、自分たちの動きが目標に対してどの程度進捗しているかわかります。
また、パイプラインのどこかで起きた異変(リードが多く去る、停滞案件が多い等)を素早く察知でき、速やかに対策を立てられます。
パイプラインという表現は本当に言い得て妙で、水道のパイプが詰まって水の流れが悪くなるように、ビジネスプロセスも見えないところで詰まりが起きるので、きちんとモニタリングし、定期的にパイプラインをクリーニングする必要があります。
ここでは、パイプラインを適切に管理するポイントを紹介します。
前項で決めたような自社の重点指標のモニタリングをします。日々移り変わる数値を手動で追うことは非効率なので、CRMソフトウェアの使用がおすすめです(セールスパイプラインだけならExcelでも可能ですが、リード管理は作業が大変です)。最近はいろいろな無料CRMがあります。
例えば、以下のHubSpotの無料CRMは、「リードの追跡」「営業案件のモニタリング」も無料機能に含まれています。日々のタスクがかなり効率化されるでしょう。
(出典:HubSpot)
パイプラインから停滞した案件を取り除く
リード情報も案件情報も、時間がたつと何割かは見込み度が低くなるものです。長期で追うべき優良案件は別として、見込みがなくなってしまった案件は整理してパイプラインをすっきりさせる必要があります。
例えば、自社のセールスサイクル(成約までの平均期間)をはるかに超えて提案のステージで停滞している案件は、追い切れていないのか、何か事情が変わったのかを確認し、契約の見込みがまったくなければステージを変えましょう。
リードも次から次へと新しいリードが追加されます。中には、ライバル企業の社員もいれば、ただの勉強目的のリードもいるでしょう。MA(マーケティングオートメーション)を活用しているのであれば、スコアリングを低くしておく必要があります。
定期的にマーケティング部門と営業部門でレビューミーティングを実施します。パイプラインの指標(リードソースごとの案件化率、売上げ予測、各営業マンのパフォーマンス)を確認して進捗を把握し、より良いパイプラインにするために以下のテーマについて意見を出し合います。
リードの質と量について適切なフィードバックを得ることで、マーケティング部門の活動はより的を射たものになるでしょう。率直な意見を聞くことが大切です。また、営業マネージャーも、割り当てたリードがどこで停滞しやすいかがわかれば適切な部下指導が行えます。
近年は、オンライン上にタッチポイント(顧客接点)が増え続けており、人はみなオンラインとオフラインを行ったり来たりしています。このような時代、マーケティング部門がデマジェン(需要の発掘)で貢献できる企業とできない企業の売上げの差は、どんどん開いていきます。
パイプライン管理の指標をもとに、常にマーケティング活動もアップデートして収益に貢献していきましょう。
リードは不足しがちです。マーケティング部門は常にアンテナをはりめぐらし、新たなリードと出会えるチャネルに向けてキャンペーンを行う必要があります。ここでは、BtoBの主要なマーケティングキャンペーンを紹介します。
ここ2~3年、検索エンジンよりも先にSNS検索をする人が増えています。SNSには一般の人のリアルな意見が溢れているためです。
企業としても自社アカウントから投稿したり広告を展開したりなど、SNSで見込み客に知ってもらうことを考える必要があるでしょう。BtoB企業はSNS利用に慎重な傾向があるため、ソートリーダーになりやすいメリットもあります。
オウンドメディアに代表される自社コンテンツは、広告とは違いインターネット上に蓄積されていきます。24時間365日何年間も情報を発信しつづけるため、非常に費用対効果のよいマーケティングです。
テキストベースのメディアを読むペルソナは、答えを探しているケースが多い傾向にあります。そのため、どのキーワードで検索して何が知りたいのかを踏まえて、購買心理の変容にあわせたコンテンツを増やしていけば、質の高いリードを惹きつけることができるでしょう。
広告はオウンドメディアやSNS投稿などよりも費用がかかります。しかし、前者が興味を持って自分で調べるユーザーを対象とする、待ちのスタンスであるのに対し、広告は、商品・サービスにまったく関心のない段階のペルソナにも、ストレートにメッセージを発信できるメリットがあります。
見込み客の多いチャネルを選定してキャンペーンを行えば、徐々に需要を喚起する効果があるでしょう。ただし費用もそれなりにかかるため、オウンドメディアと組み合わせて活用することが望ましいと言えます。
リードには定期的に役立つ情報を送ったり、イベントやコミュニティに招待したりして、商品・サービスに興味・関心を持ってもらうよう働きかけます。階段を一段一段登るようなイメージで購買心理にそってアシストし、質の高いリードを増やしていくのが大切です。
SaaS企業であれば、ウェビナー参加者に、無料トライアルを促すメールを案内するなどのステップで、次のパイプラインのステージに移動を促すアプローチを行います。
2015年の、米国マーケティングメディアDemand Genの調査によると、51%が「ナーチャリングで5回以上のタッチが必要」と回答していますが、適切なナーチャリング戦略を実行できた企業は「販売機会が20%」増加しています。継続したアプローチを行いましょう。
リードルーティングとは、リードの営業担当者へのリードの割り当てです。ここはボトルネックになりやすい工程であり、前述「The State of B2B lead management 2022」でも、10人に6人が、リードを間違って割り当ててしまうと答えています。
そして、なんとリードのルーティングは「手作業が1位」です。最近は、Oracle Fusion Marketing、MicrosoftのDynamics 365 Sales など、マーケティングのデータを自動的に営業のツールに移動できるツールもあります。ただ、あまり浸透していないのか、マッチング精度がまだそれほど良くないのかもしれません。
将来的には、就活SaaSのように、営業マンの個性まで踏まえたAI搭載ツールが普及すると思いますが、現時点ではこの領域の新ツールの動向もウォッチしつつ、定期的なレビューミーティングを行うことで、マッチング精度を上げていくことが必要です。
リードの質と量の最適化、成約率の向上、売上げの向上、いずれもマーケティング部門とセールス部門の情報の共有、動きの連携が大きく影響します。
しかし、どのような企業でも組織のタコ壺化はすぐ発生します。これは多くの場合、言葉の定義が違ったり、ゴールが共有されていなかったり、インプット情報が異なるためです。両部門のコンセンサスを測るためには、社内でもSLA(サービス レベル アグリーメント)を結ぶと、コミュニケーション上の誤解が減り効果的です。
HubSpotの無料DLできるSLAテンプレート
(画像引用:Free Tempate - SLA Tempate for Sales & Marketing - HubSpot)
パイプラインを適切に管理し、リードの状況、案件の進捗具合を可視化することは、以下のようなさまざまなメリットがあります。
結果として収益も拡大につながります。
そもそも、ベンダーの視点だと、ついマーケティングとセールスを分断して考えがちですが、ユーザー側から見たら連続したひとつのプロセスです。全体最適を意識して、マーケティングと営業チームが連携し、パイプライン管理を行っていきましょう。