近年はお客様との信頼関係を強化することで売上げを上げていく「リレーションシップマーケティング」が、サブスクリプションビジネスの台頭とともに注目されています(同義マーケティングを表現するためにカスタマーマーケティングといっている場合もあります)。
昔から「お客様との信頼関係を大切に……」「顧客満足度を何よりも重視……」「お客様のパートナーとして……」といった理念を掲げる企業は珍しくありません。ただし、表明することと実行できているかはまったく別です。
現実には、いかにも「売上げ第一」といわんばかりのアプローチをする企業が多数です。顧客側から見れば信頼関係どころか「油断もすきもない」が本音かもしれません。
企業は、営利組織なので利益を追及するのも当然。「売上げ拡大」が「顧客満足度」よりも上位概念にある企業にとって、顧客とのリレーションシップなどお題目に過ぎないのかもしれません。
しかし、実際は顧客との関係性を良好にすることは、成果につながります。リレーションシップマーケティングは、長年研究され実証されてきた効果の高い施策です。
本記事では、リレーションシップマーケティングの成功事例(海外)を紹介します。
リレーションシップマーケティングとは、お客様と信頼関係をを築くことに投資して成果をあげるマーケティングです。新規顧客獲得による1回だけの売上げや短期的な取引よりも、顧客と長期間つながり続けることで1顧客あたりのLTV(顧客生涯価値)を最大化することを重視します。
最近のReferral Rockのブログによるとリレーションシップ・マーケティングには5つの段階があります(なお、こちらの事例はBtoCが中心となります)。
(引用: Referral Rock | Blog)
近年はVUCA(ブーカ)の時代といわれるように、変動が激しく、複雑で曖昧で不確実なこれまでの成功体験が役立たない非連続の成長時代です。
あまりにもテクノロジーの進化が速く、ヒット商品の寿命は短く、ライバル企業は業界内に限らず、さまざまな業界に存在します。ある日、予想もしない企業から革命的なサービスが生まれ自社業界のシェアを奪う可能性は十分あります。
このような状況のなか売上げを安定させるには、まず現在自社製品・サービスを活用している顧客の満足度を高め契約を維持しなければなりません。さらに変化していく顧客のニーズを敏感にキャッチして、顧客の声を製品・サービスにアップデートし続けていく必要があります。顧客理解、顧客との信頼関係がこれまで以上に基盤になります。
顧客との関係性を強化するリレーションシップマーケティングには、以下のメリットがあります。
何より現在のようなSNS社会、ネットワーク社会では、製品・サービスのファンになってくれた優良顧客は積極的に口コミやSNSを通して商品を広めてくれます。既存顧客の満足度向上→新規顧客獲得というサイクルが回り続けるため、一人ひとりの顧客の満足度を上げることが2倍、3倍どころか何十倍もの顧客を呼び込むことにつながります。
一般的なマーケティング活動は、リードジェネレーションから商談までをカバーし営業部門にリードを引き渡していったん終了となります。
リレーションシップマーケティングは、契約後の顧客との関係作りに主に注力します。既存顧客の満足度を高めて取引を継続させることが目的ですので、時間軸は長期となりますし、顧客はこれまでよりも企業からさまざまなメリットを享受できます。
リレーションシップマーケティングで力を入れるのはおもに以下の内容。
簡単にいえば、これまで重視しつつもあまり投資してこなかった営業の「後工程」に予算も人員も投資することが大切です。結果、顧客エンゲージメントが高まり、アップセル、クロスセル、リファラルにつながっていきます。
ここでは、海外のリレーションシップマーケティングの事例を紹介します。
(画像出典:Zappos.com)
ザッポスとは、米国で初めてオンラインで靴を売ることからスタートし、その驚くべき親切な対応、ホスピタリティ、フレンドリーさで米国の数多くの顧客に愛されて急成長したベンチャー企業です。
靴というネット販売が難しいプロダクトを「送料・返品料無料」「返品何回でもOK」とし、それだけでなく従業員一人ひとりに顧客をハッピーにするためならほとんどなんでもしてよいという裁量権を与えることで、リピート率が75%、新規顧客獲得の43%が口コミ、感激のあまり涙ながらに書いた礼状を送った顧客もいるほどの素晴らしいサービスを提供しました。「ザッポス伝説」といわれるほどの成功をおさめました。
多くの企業と違い、ザッポスはWebサイトの目立つ位置にカスタマーサポートの電話番号を堂々と出し、苦情や相談をすることを奨励します(英語)。リピーターは、ザッポスのWebサイトで自分にカスタマイズされたレコメンドを受けることができ、「VIPメンバー」は購入時やログインするだけでポイントを獲得できます。ハートフルな現場対応と同時に顧客へのホスピタリティを仕組み化しています。
2012年、ザッポスはピラミッド型組織を廃止し「ホラクラシー(水平型)組織」を導入しましたが、今やテイール組織、ホラクラシー組織の成功例としても有名です。上司不在になったザッポスでは現場社員の自由度がより高くなり、社員は本当に顧客が望んでいること、自分が顧客の立場だったら喜ぶこと、嬉しいことを、会社の価値基準にそって自分で判断し実践しています。
ザッポスの例は、顧客とのリレーションシップを強化するためには、顧客に近い現場スタッフの裁量権を広げて任せることがいかに重要か示しているといえるでしょう。
(画像出典:Lay's.com)
Lay's社はポテトチップスメーカーです。Lay'sでは2012年から5年間「Do Us A Flavor(頼みたいことがあります)」というコンテストを開催し、顧客からポテトチップスの新しいフレーバーのアイデアを募集しました。
コンテストで最終選考に残ったフレーバーをFacebookと提携し、一般的な「いいね!」ボタンの代わりに「I’d eat that(これ食べたい)」ボタンを表示して顧客に投票してもらい、採用されたトップ3のフレーバー(英語)は実際に商品化され、提案したお客様には多額の賞金が贈られました。レイズは一定期間このキャンペーンを続け、カプチーノ味のポテトチップ、厚切りわさびジンジャーなどユニークな商品を多数開発しました。
これは提案者にとっても、投票した顧客にとっても新鮮な体験であり、Lay's社はこのキャンペーンでSNS世代の若者との距離を大幅に縮めます。また、顧客の食べたいポテトチップをSNSを介して顧客の投票で決めるというアイデアにより、わずか1年以内に新ブランドを市場に投入することができました(期間限定品も多い)。
SNS、クラウドソーシングを活用してリレーションシップマーケティングに成功した例です。
(画像出典:Salesforce.com)
Salesforceは、CRM(顧客管理システム)領域でNo.1のSaaS企業であり、「SaaSの王者」と異名をとるほどの成功をおさめています。
創業者Marc Russell Benioff(マーク・ベニオフ)氏は著書やメディアの記事で「顧客の成功のためには何でもやらなければならない」「世界は顧客が変える」「顧客からの信頼のない企業は次世代のビジネスで成功することはない」など顧客第一の姿勢を当初から貫いています。
著書の「世界は顧客が変える」によると、Salesforceが初期に直接的に売上げにつながるマーケティング手法として力を入れたのは以下3つ。
当初からフリーミアム、口コミなど、顧客に売りつけるのではなく顧客の意見を聞く、顧客に製品・サービスの良さを広めてもらうリレーションシップマーケティングに注力していたことがわかります。
Salesforceはお客様、パートナー、社員で構成されるコミュニティ「Trailblazer(トレイルブレイザー」を世界で1000以上擁しており、世界中のユーザーと意見をかわし顧客の声を拾い上げる仕組みをもっています。
単なるコミュニティではなくユーザーが機能追加を提案できる仕組みがあるため、現場のニーズをスピーディにサービスに生かせるところが強味です。
トレイルブレイザーと顧客の成功を祝うイベント「Dreamforce」では、世界中のトレイルブレイザーが集まり、出会い、成功を共有しながら楽しみます。Salesforceがコミュニティのメンバーをパートナーとして扱い、感謝し、インスパイアするなどリレーションシップに力を入れ続けていることがわかります。
(画像出典:BetterCloud.com)
BetterCloudは、最先端のSaaS管理プラットフォーム(SMP)を提供する米国のSaaS企業です。BetterCloudのリレーションシップマーケティングの特徴は、待ちではない積極的なサポートの姿勢にあります。
BetterCloudでは、顧客がSaaS管理ソフトウェアをどのように使用しているか、いつエラーや問題に遭遇したかなどのデータを収集し潜在的な問題を把握し、顧客の手間が膨らむ前にフラグを立てます。そして、サポートスタッフが、顧客が困る前に連絡をとりサポートします。
業界問わず一般にカスタマーサポートは事後対応です。できれば、サポートに問い合わせる顧客など少ないほうが望ましいと考える企業も多いでしょう。SaaS業界でもお客様が困る前に親切に連絡するような企業はほとんどいないので、BetterCloudは多くの顧客から信頼され成長していきました。
(画像出典:Amazon)
Amazonの勢い、影響力、広がりゆくサービス領域は誰もがご存知のとおりです。このコロナ禍でもAmazonの売上げはさらに伸びています(2021年1~3月は前年44%増)。
Amazonの企業理念は「地球上でもっともお客様を大切にする企業」。配達が速い、配送料が安い、品ぞろえが豊富というECにおける顧客の基本ニーズに徹底的に応え、世界の顧客から支持されています。
Amazonは前述のザッポスとは正反対な印象があります。たとえばあまりカスタマーサポートに人間味を感じさせまん。問い合わせた方はわかると思いますが、クールで社員の顔が見えない印象があります。むしろ、この顧客との一定の距離感がAmazonの魅力ではないかと考えます。
たとえば、AmazonのAIを駆使した購入履歴にもとづいたパーソナライズなレコメンドは、リレーションシップマーケティングの成功例としてよく紹介されます。しかし、レコメンドの精度はものすごく高いでしょうか?
せいぜい「ときどきすごく良いレコメンドがある」程度ではないでしょうか。そして、だからこそ安心感があります。一般に人は個人情報を収集されることに抵抗感をもちます。政府であれ、あのFacebookであれ、過度に個人情報を収集しようとする動きがあると眉をひそめる人は多いでしょう。しかし、Amazonで買い物をするときはそこまで警戒していないように見てとれます。
Amazonは実際には、莫大な資金をAIに投資し膨大なデータを収集しさまざまな事業に活かしていますが、EC上で顧客に不信感を持たれるような振る舞い(レコメンドなど)は一切せず、顧客は余計な疑念を抱かずにショッピングに集中できます。
人と人との関係と同じように、企業と顧客の良好なリレーションシップには程よい距離感が必要です。意図的なものかはわかりませんが、Amazonのクールな距離感は、お客様のためにという名目で行き過ぎたパーソナライズをして顧客に警戒されてしまう企業と比較すると、絶妙と感じざるを得ません。
多くの企業のHPには「顧客のために」という言葉がありますが、本当に信頼関係を強めるためには、顧客の声をくみ取り、顧客の声を反映させる仕組みを構築して実践レベルまで落とし込む必要があります。SNSマーケティング、コミュニティ運営、カスタマーサポート・サクセス部門への投資など、できることから着手していきましょう。