マーケターのみなさまは、サプライチェーン、バリューチェーンの意味をきちんと説明できるでしょうか? 初心者マーケターの方にとって、この2つの違いを語るのは、やや難しいかもしれません。あるいは知識が増えたからこそ、「結局は、同じじゃない? 」と混乱してきた方もいるのではないかと思います。
なにしろ、サプライチェーンとバリューチェーンには共通している構成要素(生産、流通他)がかなりある上、業界によってチェーンの形態は多様です。国内外のサイトを見ても解釈がそれぞれ多少異なっているため、わかりづらいのも無理はありません。
このような場合は、基本的な違いを押さえましょう。そこで本記事では、改めてサプライチェーンとバリューチェーンの違いを、対比してわかりやすく説明していきます。
サプライチェーンとは、商品が原材料の調達や製造、加工、在庫管理、流通などをへて顧客のもとに届くまでのプロセス全体を指します。この数多い一連のプロセスが、まるで「鎖、チェーン」のようにつながって見えることから、サプライチェーンと呼ばれているのです。
語源は以下のとおり。文字通り商品・サービスを供給するチェーン(一連のプロセス)です。
サプライチェーンは、企業や社会の生命線ともいうべき重要なプロセス。自然災害、為替や景気の動向、インフレなど、サプライチェーンのリスクは数多くあるなか、企業は商品の供給を維持すべく常にサプライチェーンを最適化する努力を続けています。
サプライチェーンは、どのような商品を供給するかで形態が異なります。複数のモデルがあり、主なモデルはContinuous Flow Model(連続フローモデル)、Fast Chain Model(ファストチェーンモデル)、Flexible Model(フレキシブルモデル)などです。
また、業界によってチェーンの形態はかなり異なります。
例(メーカー)
例(IT業界)
※IPAの「ITサプライチェーンの業務委託におけるセキュリティインシデント及びマネジメントに関する調査」の図をもとに当社で作成
バリューチェーンとは、事業活動を「価値を生み出す活動の連鎖」として捉える考え方です。「価値連鎖」とも呼ばれます。これは、アメリカの経営学者 Michael Porter(マイケル・ポーター)氏が説明した概念で、語源は以下のとおりです。
具体的には、商品・サービスの付加価値が、事業活動のどの領域で生み出されるかを分析します。そして価値を生み出せる自社の強味を把握して、企業全体としての価値を最大化し競争力を高めていく考え方です。
ポーター氏は、企業の競争優位性は、それぞれの企業が持つ事業のプロセスから生まれると考えました。価値を生み出す5つの主活動と支援活動にわけ、主活動の効率を上げることで競争優位性を高められると説いています。
※余談ですが、いわゆる「ポジショニング学派」のポーター氏が、この時点で、内部のリソースに自社の強みの源泉を求める「バリューチェーン」を提唱していることにも注目です。対立するケイパビリティ学派が解く内部資源の重要さもしっかり説いていますね。
ここでは、サプライチェーンとバリューチェーンの大きな違いを、対比して説明します。
サプライチェーンとバリューチェーンは、何を最大の焦点として考えるかに違いがあります。サプライチェーンは「商品の供給」が焦点、バリューチェーンは「価値の最大化」が焦点です。
サプライチェーンは、供給プロセスを維持することが焦点なので、企業は発注の増減や環境の変化などに応じて、常にサプライチェーンを最適化します。なにしろ維持できないと、欠品やコストの増大などいろいろと大変なことが起こります。サプライチェーンマネジメントは非常に重要です。
一方、バリューチェーンはポーター氏の書籍名からもわかるように、そもそも「競争優位に立つ」「好業績を維持させる」というところから出てきた概念です。最大の目的は競争優位性を生み出すことであり、そのために事業活動を主活動、支援活動に分類し、それぞれの価値を把握するバリューチェーン分析を行います。
サプライチェーンとバリューチェーンはかなりの範囲で共通していますが、構成要素が異なります。以下は米国のWallStreetMojoのサイトから引用させていただいた図です。対比して見ていきましょう。
サプライチェーンの構成要素:
「原材料メーカー」→「生産者」→「ホールセラー」→「ディストリビューター」→「ベンダー(リテイラー)」→「顧客」までのチェーンです。
※マーケティング、人事、アフターサービスなどはサプライチェーンには入っていません。
出典:サプライ チェーンとバリュー チェーン(wallstreetmojo.com )
バリューチェーンの構成要素:
「インバウンドロジスティクス(購買物流)」「オペレーションズ(製造)」「アウトバンドロジスティクス(出荷物流)」「セールス&マーケティング」「カスタマーサービス」です。※ポーター氏の主活動と同じ項目です(割愛されていますが支援活動も存在します)。
出典:サプライ チェーンとバリュー チェーン(wallstreetmojo.com )
※今のところは少数派ですが、サプライチェーンとバリューチェーンの対象は同じという見解もあります。現実にSCMは顧客視点で始めようという声も増えており、実質的に同義に解釈するケースもあるでしょう。ただその場合でも、両者の主力プレイヤーは異なります。
サプライチェーンはあくまで調達から商品の供給までのチェーン。カバーする領域は広く、サプライチェーン全体での最適化を図る活動ですが、会社全体から見たら経営管理の一領域です。結果的に部分最適になりやすいとも言えます。また、人事、マーケティング、カスタマーサポートなどの活動は含まれません。
一方、バリューチェーンは自社の事業活動そのものをチェーン(価値を生む活動の連鎖)として捉えます。いわゆる管理業務も支援活動として考慮します。自社の事業のあらゆる要素を分析して価値の源泉を探す考え方であり、バリューチェーンの最適化=全体の最適化です。そのためバリューチェーンの構築には、より経営的視点が求められます。
簡単に言えば、バリューチェーンの中に「サプライチェーン」が包合されます。
起点が川上か、川下かの違いもあります。
サプライライチェーンにおいては、サプライヤー(供給者)の存在が非常に重要です。なにしろ、どのような商品であれ原材料を調達できなければ、供給計画などたてられません。サプライチェーンの構築・維持においては、外部の素晴らしいサプライヤーを見つけ出し長期的に協力体制を築くことが重要です。したがって、発想の起点はサプライヤーです。
一方、バリューチェーンは顧客起点の発想です。顧客の顕在的なニーズ、潜在的なニーズから始まり、イノベーションを起こし、開発、マーケティングというステップで事業活動全体を捉えます。
サプライチェーンの起点である調達も、バリューチェーンにおいては支援活動という位置づけです。このように、何を起点として捉えるかで、物事へのアプローチや意思決定の基準が変わります。
主要目的でも区別できます。サプライチェーンとは、受注した商品を市場に届けるチェーンを維持し、常に最適な状態にアップデートする役割です。
欠品などはあるまじきことという姿勢で、品質の良い原材料・適正なコスト・顧客が望むクオリティやスピードで届けることにフォーカスします。その結果、顧客満足度を高めることを最も重要視しています。
一方、バリューチェーンはそもそもポーター氏が『競争優位の戦略―いかに高業績を持続させるか』の本で提唱した概念であることからわかるように、競争優位性を獲得する目的のための分析フレームワークです。
具体的には、同書で提唱された「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」を進めるために、自社の強みを把握する(価値を生み出す)フレームワークとして紹介されています。
もちろん顧客満足と競争優位の獲得は、同時に成り立つことです。ここでの違いは、あくまで活用する際に何を主目的に考えるかの違いになります。
(出典:Amazon)
サプライチェーンには、2次、3次、4次下請けまで入れるとかなりの数の外部パートナーが関わっています。メーカーであれば、数多くの部品メーカー、素材メーカー、協力工場など。IT企業も多重下請け構造なので、サプライチェーンに多くの外部企業が関わります。
SCM(サプライチェーンマネジメント)とは、このような末端のステークホルダーまでを対象とするマネジメントです。
近年はESG経営が主流になってきているので、いかに良い商品を市場に出しても、サプライチェーンで人権侵害があることは許されません。不祥事も「下請けのことだから知らない」ではすまなくなっています。そのため、企業はサプライチェーンの全体像を、詳細に末端まで把握することが求められます。
一方、バリューチェーンは、自社内の事業活動の価値を生み出すチェーンとして捉える考え方でありフレームワークなので、活用するときに、そこまで緻密な情報を網羅する必要はありません。
むしろ俯瞰して捉えて、自社の強みや弱み、何に力を入れればより競争優位に立てるか考えていきます。詳細な情報は必要ないため、バリューチェーンをフレームワークとして活用し、他社分析をすることも可能です。
サプライチェーンとバリューチェーンの主な違いを比較表にまとめてみました。おもな目的、活用の際の発想のポイントの違いを理解しておきましょう。
サプライチェーンの特徴
バリューチェーンの特徴
サプライチェーンが「いかにしてコストを抑え、迅速に届けるか」を考えるのに対し、バリューチェーンは「どのように価値を創出し、顧客に認識させるか」を重視する考え方だといえるでしょう。
(参考:WallStreetMojo、Investopedia.com、Globis)
前項で紹介したバリューチェーンとサプライチェーンの対比を踏まえたうえで、両者の類似点についても深掘りして見てみましょう。
バリューチェーンとサプライチェーンは、それぞれ「ビジネスプロセスの効率化に焦点を当てる」という点で共通していると言えます。
効率化は、市場の変化が速く競争の激しい現代のビジネスにおいて不可欠です。企業は余分なコストや時間を削減することで、リソースを有効活用して付加価値を生み出すことができます。その結果として市場での競争力を維持し、持続可能な成長を目指すことができるでしょう。
バリューチェーンでは「顧客に対する価値提供の最大化」に重点を置きつつ、サプライチェーンは「製品の生産から配送までの流れをスムーズにし、コスト効率を高める」ことに注力します。
バリューチェーンは顧客満足度の向上と企業利益の双方を目指し、サプライチェーンは物流の最適化を通じて、リスクの低減と迅速な顧客対応を実現しようという考えが、その根底にあると言えます。
バリューチェーンとサプライチェーンは、顧客へ「価値」あるいは「製品」を届けるための一連の取り組みで、両者ともに、複数部門の協力によって成り立っています。
バリューチェーンでは、
など、新たなビジネスの価値を創造できるよう、それぞれの段階で異なる部門がアイデアやリソースを提供し合って、プロセスを積み上げていきます。
サプライチェーンも同様に、
にいたるまで、ステップを積み重ねながら品質と効率を追求していきます。
いずれも、ただ単に順々に作業を進めるだけではありません。たとえば「製造のタイミングが、配送計画にぴったりと合うように」「マーケティング戦略が、新商品発売の成果を最大限に引き出せるように」など、全ての工程が互いに連動している必要があります。
綿密な相互連携により、品質の高い製品・サービスを効率的に顧客に届けることが可能となり、顧客満足度を高めることができるのです。
バリューチェーンとサプライチェーンは、それぞれに異なる立ち位置を取りながらも、相互に密接に連携し合う重要な関係にあると言えます。
もしもサプライチェーンが脆弱である場合、バリューチェーンは効果的に機能しないでしょう。なぜなら原材料の品質問題や供給遅延が、製品の品質や供給タイミングに影響を及ぼし、顧客に対するサービスや製品開発の効率を低下させてしまうからです。
また、バリューチェーンが効率的でなければ、サプライチェーンの効果も最大化されないでしょう。製品設計、マーケティング戦略、カスタマーサポートなど、バリューチェーンの要素が不十分であれば、製品は市場競争力を失い、顧客の期待に応えられなくなります。これにより、企業の収益性とブランド価値が低下してしまう可能性もあるのです。
つまり、サプライチェーンとバリューチェーンは相互補完の関係にあり、どちらも強固に機能することが、企業の成功と持続可能な成長に不可欠だと言えるでしょう。
バリューチェーンとサプライチェーン、両者の対比や類似点、相互補完的な関係性について理解するにとどまらず、両者を「統合」するのもひとつの経営戦略だと言えます。バリューチェーンとサプライチェーンの統合は、企業の全体的な価値と競争力を高める重要な戦略です。両者の統合により、以下のような利点を期待できるでしょう。
バリューチェーンとサプライチェーンを統合することで、企業はより良い意思決定ができるようになるでしょう。
バリューチェーン/サプライチェーンの両サイドから、データを根拠にした洞察を得ることができます。その結果、市場の変化に迅速に対応すると同時に、持続可能な事業成長を図ることも可能になります。
具体的な例として、タイヤのリーディングメーカー「ブリヂストン」の取り組みを見てみましょう。ブリヂストンは、サプライチェーンにデジタルツインを導入しています。デジタルツインは、現実の物体やシステムをデジタル上で正確に再現したモデルです。
工場の機械などの動作データを収集し、そのデータを基にデジタルツインを作成します。これにより、必要なメンテナンス時期の予測や、性能の最適化シミュレーションが可能になり、企業はより戦略的で効果的な意思決定を行うことができます。
さらに、ブリヂストンでは、タイヤに搭載されたセンサーからのデータをリアルタイムでデジタルツインに取り込むことで、装置の故障兆候を早期に検知し、生産効率の向上を図るなど、モビリティソリューションの変革に取り組んでいます。
(出典:ブリヂストンのスマートファクトリー構想を発表 | ニュースリリース)
顧客からのフィードバックと供給者のパフォーマンス、それぞれのデータを統合して分析する取り組みにより、潜在的な問題を早期に特定し、革新的な改善策を講じることもできます。これは、サプライチェーンとバリューチェーンの統合により、ビジネスの新たな価値を生み出している実例だと言えるでしょう。
バリューチェーンとサプライチェーンの統合は、企業の競争力を強化する重要な要素です。バリューチェーンは価値創出に焦点を当て、サプライチェーンは効率的な物流を重視します。これらを組み合わせることで、企業はビジネスの改善や革新のための領域を特定できます。
ブリヂストンの事例では、この統合により生産効率とモビリティソリューションが向上し、競争優位性を高めていると説明しました。
もう一つ、Appleの事例も紹介しましょう。Appleは、社内の異なる部門を強固に連携させる体制を取ったことで、iPhoneなど革新的な製品を世に送り出しました。
iPhoneの開発では、サプライチェーンと販売チャネルの効率化・合理化に焦点を当て、顧客が「オンラインで注文して、最寄りのApple Store店舗で受け取れる」といった顧客体験を向上させました。このようなクロスファンクショナルな協力により、Appleは市場での競争優位性・リーダーシップを確立し、企業としての成長を加速させました。
バリューチェーンとサプライチェーンの統合は、顧客満足度の向上にも寄与すると言えるでしょう。適切に管理されたバリューチェーンは、顧客に高品質の製品やサービスを提供します。そして、効率的なサプライチェーンは、タイムリーな配送を保証します。
これら二つの側面に同時に焦点を当てることで、企業は一貫して顧客の期待に応えることができます。その結果、顧客満足度が高まり、リピート利用、ポジティブな口コミ、長期的な顧客ロイヤルティ向上が期待できるでしょう。
スウェーデンの通信インフラ開発ベンダー「ノキア」はサプライチェーンとバリューチェーンを統合し、顧客満足度向上を果たした実例です。
2007年のジョイントベンチャー設立後、異なるサプライチェーンを一つに統合し、エンドツーエンド(end to end、ここでは、エンドユーザー向けに注文から配送までの顧客体験をカスタマイズおよびパーソナライズすること)の構造を作りました。
利益追求のための再構築により、コスト削減と効率化を実現。需要の急増にも柔軟に対応し、サプライチェーンの敏捷性を高めました。これにより、製品の配送量が増えても物流コストを削減し、顧客満足度を大きく改善できたのです。
(出典:Supply chain and logistics )
サプライチェーンとバリューチェーンの違いは、シンプルに言ってしまえば、そもそもの目的や視点の違いです。また、多くは二分するものではなく、どちらをより重要視しているかという違いです。以下を念頭においておくと覚えやすいでしょう。前者がサプライチェーン、後者がバリューチェーンです。
マーケターの方なら、バリューチェーンという概念が、ポーター氏の「競争優位の戦略」で提唱されたことを思い出すとピンとくるでしょう。
競争優位性を確立するための内部分析ツールとして、バリューチェーンは登場しています。マーケターの方が活用することも多いフレームワークなので、ぜひ生み出された背景、定義などを理解して、サプライチェーンと区別できるようにしましょう。