自社ブランドの成長には、新規顧客獲得よりも既存顧客の維持のほうが重要です。ベイン・アンド・カンパニーのFrederick F. Reichheld(フレデリック・ライヒヘルド)氏は、顧客維持率がわずか5%向上するだけで、企業の収益が25~95%増加することを発見しました。
実際に、近年はサブスクリプションモデルの事業が増加傾向にあり、顧客との継続的な良好関係が事業存続に直結するチャーンレート(顧客維持率)を重要指標とするSaaSビジネスも増加しています。
BtoB SaaSビジネスをしている方であれば、「カスタマーマーケティング」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。筆者の前職であるHubSpotの米国チーム側にも「カスタマーマーケティング」の担当がおり(当時)、顧客との良好な関係を築き、アップセルクロスセルにつながるマーケティング活動を行うチームがありました。
実はこのカスタマーマーケティングの考えは、もともとBtoBで一般的に知られているリレーションシップマーケティングに大変似ています(ほぼ同じ)。そのため、カスタマーマーケティングを勉強したい方は、リレーションシップマーケティングを理解すべきでしょう。
リレーションシップマーケティングとは、企業と顧客との関係性を重要事項とし、長期取引を前提とするBtoB企業には必須のマーケティングの考えのひとつです。
しかし、近年は顧客と企業の関係性が変貌しました。リレーションシップマーケティングの在り方も、より時代に合わせた形に変化しなければいけません。
総じて顧客のパワーは強くなりました。もはや顧客はただの購入者ではありません。
ただし、この変化は企業にとってプラスの面もあります。顧客との距離が近くなり、これまで見えづらかった製品・サービスに対するさまざまな意見や要望を入手できるようになりました。顧客満足度を高めればSNSやレビューサイトを通じて、知名度や企業規模に関係なくポジティブな評価を拡散してもらえるようになったのです。
新しいビジネス環境にあわせたリレーションシップマーケティングを行うことで、企業と顧客はよりよいパートナーシップを結ぶことができるでしょう。本記事では、BtoB SaaS企業のマーケティング関係者に知ってほしいリレーションシップマーケティングについて解説します。
リレーションシップマーケティングとは、顧客との関係性に投資するマーケティングです。新規顧客獲得や一回だけの売上げよりも、顧客と継続的・長期的な関係を築くことで得られる利益の合計=顧客生涯価値(LTV:Life Time Value)の最大化を重視するところに特徴があります。
一般的なマーケティング活動(例えばデマンドジェネレーションなど)は、リード獲得から営業のパイプライン作りに焦点が当てられます。そのため、設定された期間の間にどれだけ有効な商談につながるリード獲得に貢献できたか、などが指標になります(企業により異なる)。
(Transactional Marketing vs relationship marketingの違い)
一方でリレーションシップマーケティングでは、顧客の継続や維持、長期的な関係構築に焦点が当たるため、一般的に知られているデマンドジェネレーションのような考えとは異なる視点でマーケティング活動を行う必要があります。
企業と顧客の関係性についてのマーケティングは、1970年代から欧米で萌芽しました。リレーションシップマーケティングとは、米国のLeonard L. Berry(以下ベリー)氏によって1980年代に提唱された概念です。
背景には米国でのサービス産業の台頭があります。サービス業におけるリピーター の重要性が認識されるとともに、顧客満足度や顧客のリテンション 、顧客とのリレーションシップ (関係性) についての研究が進みました。
ベリー氏は、リレーションシップマーケティングとは、顧客との関係を維持、促進するためのマーケティング活動であるといいます。目的は新しい顧客を獲得するだけでなく、既存顧客の維持に焦点を当てることであり、最終的には協力関係を通じて双方の長期的な利益を向上させることが目標と結論づけています。
その後、さまざまな研究者やマーケティング実践者により研究が重ねられ、リレーションシップマーケティングが企業の多くの領域にプラスの影響を与えることが実証されます。顧客との関係性に力を入れることが、企業と顧客相互の利益になるという考えの土台には、 ベリー氏が提唱した思想があると言えるでしょう。
また、皆さんご存知のCRM(Customer Relationship Management)も、1960年代まで一般的だったセグメントした人たちに対して(一方的に)行うダイレクトマーケティング(Direct Marketing)から、顧客の状態に合わせ関係性を構築するためにデータに基づいて行うマーケティング(データベースマーケティング)から進化していったソフトウェアになります。
リレーションシップマーケティングは、インバウンドマーケティング、コンテンツマーケティング、ソーシャルメディア、ABM、リファラルマーケティングなど幅広い領域の顧客との接点で展開されています。
リレーションシップマーケティングは、いわばあらゆる施策の根幹にあるべき概念であり、特定の手法ではありません。同時に従来のマーケティングと対立するものではありません。むしろ、機能横断的に実行できるプロセスです。
中心的な手法としては、既存顧客のリテンションを重視し、以下のように顧客との良好なコミュニケーションの醸成、顧客ロイヤルティやエンゲージメントの向上を促進する施策を実施していきます。
手法例)
既存顧客に対する投資は一見重要度が低いように見えますが、マーケティング関係者ならご存じの「1:5の法則(新規顧客獲得から売上げを得るコストは既存顧客からより5倍かかる)」や「5:25の法則(5%改善すれば利益が25%改善する)」にあるように、収益拡大に直結します。
また、近年のSNS社会では「既存顧客の満足度向上=良い評価の拡散=新規顧客の増加」という図式は多くの業界であてはまります。なにしろ現在の顧客は企業や営業担当者のメッセージよりも製品・サービスを購入し活用した顧客の声を信用しているためです。
既存顧客との関係性に注力することが、売上げの拡大や新規顧客の増加につながる可能性は、昔より相当に高くなっているでしょう。企業がSNSのアカウントを活用したり、コミュニティなどのネットワークに投資したりすることは、今や重要な施策になりつつあります。
弊社のお客様はとくにBtoB SaaS企業がほとんどのため、このリレーションシップマーケティングがなぜBtoB SaaS企業に対して重要なのかを見ていきましょう。
ここでは、BtoB SaaS企業にリレーションシップマーケティングが適している理由を解説します。
SaaSは、サブスクリプションを維持することで収益を上げていくビジネスモデル。成約金額の1人あたりの単価は数百円~1万円程度と高くないケースが多く、しかも月額課金です。
解約が容易なので、事業を成長企業に乗せるためには基本法則が2つ存在します。
1)いかに新規顧客数と単価を増やしていくか
2)いかに解約数を減らすか(リテンション率を高めるか)
この2つが勝負となり、結果的にMRR(月の経常収益)やARR(年の経常収益)の積み上げにつながります。
投資を受けているSaaSスタートアップの場合は、PMFがまだであったり、十分な売上が発生していなかったりすることがほとんどです。損益分岐点(ブレイクイーブン)がかなり先にあり、新規顧客獲得が最重要課題となります。
同時に、契約後一定数解約が確実に(容易に)発生するため、他業界よりも顧客満足度の高さが売上げに直結しやすいビジネスモデルなのです。
そのため、カスタマーマーケティングのような顧客との長期的な関係性構築に焦点を当てたマーケティング戦略が重要になり、リレーションシップマーケティングとの相性はとても良好です。逆にリレーションシップマーケティングを手薄にすると、解約企業が増加し事業成長ができません。
一般に、どの業界であっても顧客は解約する際にあまり本音を伝えてくれません。顧客満足度調査やアンケート調査に回答してくれる顧客は企業や製品・サービスにそう不満がない層が多く、総じてスコアは高くなりがちであり、正確な満足度とは言えないものです。
以下、SupperOfficeの調査(英語)によると、離脱した顧客の68%は「その会社が自分のニーズを気にかけていない」と感じてサービスを辞めてしまうとのこと。SaaSに限定した調査ではありませんが、顧客がソフトウェアのような製品だけではなく、サービスに何を期待しているのかを理解することが重要かがわかります。
(参照:SupperOffice)
SaaSは、「納品」という段階が存在せず、顧客の要望をサービスに反映させていくアジャイル型に近いビジネスモデルです。リレーションシップマーケティングに力をいれて顧客の声を製品・サービスに組み込んでいくことが、自社の顧客との強固な関係づくり、他社と違う製品・サービスの独自性、競争優位性につながっていきます。
SaaSビジネスの特性上、勝ち残るためには機能拡張や異なる領域への事業拡大を行う必要があります。上記で解説したようなTransactional Marketingだけに力を入れていると、将来的な事業拡大の成功率を下げることへとつながりかねません。
当然ながら、継続顧客に対してアップセル/クロスセルを行う方が、ゼロから新規の顧客を創出するよりも、効果的かつ経済合理性が高いです。
つまり、納品が存在せずに常にアップデートを行っていくSaaSのようなビジネスモデルであれば、なおさら長期的な関係性に焦点を当てるようなリレーションシップマーケティング(Relationship Marketing)の考え方は欠かすことができません。
長期的な関係性を築くことによって、自分たちの求めた機能が付加された製品・サービスを提供されたら、顧客はより製品・サービスのファンとなり新機能を活用してくれたり、さらに健全な意見をフィードバックしてくれたりする可能性が高くなります。
常に競合企業以上の価値を顧客に提供し続けていかなければならないSaaS企業にとって、リレーションシップマーケティングは生命線です。
SaaSビジネスは、下記の図にあるように新規ユーザー獲得からツール利用までが循環するモデルとなっており、結果的に既存ユーザーなどのコミュニティ運営などを通し、リファラル効果を得やすいビジネスモデルです。
たとえば、HubSpotであればHubSpotユーザーグループであったり、Salesforceでも同様のユーザーグループ会や日本独特の分科会などが存在しています。
(画像出典:BUSINESS 2 COMMUNITY)
とくに、既存顧客が自発的にユーザー会などを主宰してくれる場合は、リファラル(口コミ)によって新規リードが発生しやすくなり、新たな顧客の紹介につながるサイクルが自然形成されていきます。
また、特殊なSaaSでない限り、eBookなどからのリード獲得や、無料資料請求や問い合わせなどからのMQL獲得、受注、リファラルという循環の大部分をオンライン中心にして進めることができます。そのため顧客の行動データをITツールで取得しやすく、各領域の施策の検証、改善が比較的しやすくなるのです。
もちろんですが、データマネージメントなどを行い顧客のライフサイクル(Lifecycle)を正しく理解した上での施策を行うことが肝になってきます。それらの大枠の地図を作り、施策を改善し続けることで買い手と売り手との間で発生する「摩擦(フリクション)」を軽減することが可能で、既存顧客の満足度から、新規リードの獲得というサイクルを構築しやすいことも理由です。
「摩擦(フリクション)」に対しての考えはこちらの記事でフライホイールを解説している箇所を参考にするとよいかもしれません。
ここでは、リレーションシップマーケティングを学ぶための論文を紹介します。
先行研究としてリレーションシップマーケティング研究の3学派(アメリカン学派、欧州のIMPグループ、ノルディック学派)が紹介されています。また、各研究の理論的接続を試みています。
顧客とのリレーションシップの構築が収益獲得に関連することに視点をおく「アメリカン学派」は日本でもよく知られていますが、欧州の主にBtoBの産業財市場にけるリレーションシップの研究を蓄積した「IMPグループ」、アメリカン学派やIMPグループとは異なる視点で企業の提供物について研究した「ノルディック学派」の研究も紹介しています。
一読すると、リレーションシップマーケティングの全体像についての洞察が深まるでしょう。結論として、事例分析から「リレーションシップの発見や特定が市場創造につながる」ことを明示しています。また、さまざまなリレーションシップの構造があり、ビジネスによってその拡張も可能としています。
日本を代表するシンクタンク日本総合研究所が提供する論文です。リレーションシップ・マーケティングを事業運営に取り入れたものの、利益の飛躍的拡大等の成果に結びつけられない企業が少なくないことにふれています。
その原因を顧客の囲い込み(リテンション)といった着眼点そのものではなく、従来の高コスト体質の営業組織体制を維持したまま、リレーションシップマーケティング導入を試みた「変革のアプローチ」にあると指摘しています。
解決策として、収益性重視のリレーションシップを確立するためには「顧客の区別化」「コンタクト・アプローチの差別化」「顧客別の収益性評価」をポイントとしています。実践的であり、営業・マーケティング関係者が近視眼的になりやすいところで、視界を広げてくれるような分析がされています。
リレーションシップ・マーケティング施策により顧客の人間性が蝕まれていること、ITのおかげで戦略の自由度は広がったが、かえって顧客は逃げてしまい、CRMもワン・トゥ・ワンもお題目で終わってしまうと指摘し、顧客の論理に立った真の顧客戦略を再考している論文です。
※こちらはDIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー(DHBR)会員以外は有料(税込み¥880)です。
ちなみに英語の論文が読めるのであればこちらの「Customer engagement : transactional vs. relationship marketing」などもおすすめです。
より具体的に理解いただくために、ここからはリレーションシップマーケティングを成功させた2つの企業事例をご紹介します。
(出典:Sansan)
営業DXサービスを提供するSansan株式会社は、業界・業種や規模を問わず、これまでに8000社以上の導入を支援した実績があります。この成功の背後には、データ活用への投資があります。
創業当初は、顧客価値を生み出すために「まずは使ってもらうことが大事」という想いから、オンボーディング支援を重視していました。
しかし、ユーザー数が急増したことで、利用状況を詳細に把握することが困難になった、かつ「製品を使ってもらう」フェーズから「価値を出してもらう」フェーズへと移行したこともあり、国内で初めてカスタマーサクセスプラットフォームの「ゲインサイト」を導入します。
これにより、セールス、マーケティング、カスタマーサポートが同じデータを共有し、連携できるようになりました。また、ゲインサイトに蓄積されたデータをもとに、オウンドメディアやEメール、FAQなどを運用していると思われます。さらに、オンラインフォームを設立し、ユーザーの声を収集する環境を構築している点も特徴です。
結果、市場シェア82%を占めるほど多くのユーザーに活用してもらえているだけではなく、絶好のタイミングでセールスやカスタマーサポートが連絡できるようになり、提案の精度が向上し、売上げの増加につながりました。
(出典:Salesforce)
Salesforceは「SaaSの王者」と評されるほどの成功を収めた企業です。偉大な創業者Marc Benioff(マーク・ベニオフ)氏は、今では徹底した顧客主義を貫く人物として知られていますが、彼を顧客至上主義に変えたのは1つのプレゼンテーションだったかもしれません。
2005年、創業5年目のセールスフォース社は2年前と比較して顧客数3倍以上、契約数88%増など勢いのある新興企業でした。そんな中、現カントリーリーダー兼ゼネラルマネージャーのデビッド・デンプシー氏は「月当たり8%のチャーンレート(解約率)が事業を破滅へと導く」と述べたのです。
彼の言葉をきっかけにベニオフ氏は、チャーンに着目する組織体制を構築し、顧客との関係性を強化する施策へと方向転換しました。たとえば、「Trailblazer(トレイルブレイザー)」は顧客や公式サポート、代理店などが参加するコミュニティであり、顧客のリアルな声に耳を傾け、製品改善や各種施策への反映ができます。
(出典:Salesforce)
また、年次イベントの「Dreamforce(ドリームフォース)」ではSalesforceに関わる全ての人が集まり、顧客の成功を共に祝うのです。顧客と共に学び、インスパイアされることで、強力な関係性の構築へとつながっているでしょう。
このようなコミュニティやイベント開催は、リレーションシップマーケティングに定評のHubSpotも実践しています。そのほかの事例については、下記記事で詳細に解説しているので、ぜひこちらも参考にしてください。
リレーションシップマーケティング成功のカギは、間違いなくデータにあります。顧客データをうまく活用することで、顧客理解を深め、最適な場所・タイミングで最適なメッセージを届けられるのです。そして、膨大なデータの一元管理や業務の自動化にはツールの導入が欠かせません。ここからは、リレーションシップマーケティングを効率化するツールと活用例をご紹介します。
MA(マーケティングオートメーション)ツールとは、マーケティングプロセスを自動化し、リードの獲得、育成、顧客維持を効率化するためのソフトウェアです。MAツールを活用することで、顧客のデモグラフィック情報や行動データ、購買履歴などを収集・分析し、パーソナライズ化したコミュニケーションの提供を実現できます。
Salesforceの調査によれば、顧客の66%が「ブランドが自分たちのニーズや期待を理解してくれることに期待している」と回答。この調査からも、顧客一人ひとりに適したコミュニケーションをとることが、リレーションシップマーケティングでは必要であると言えます。
MAツールの活用例をいくつかご紹介しましょう。
これらの例が示すように、MAツールを使えば自動化とパーソナライゼーションを組み合わせて、顧客との強力な関係を築けます。
CRM(顧客管理)とは、社内に集まるあらゆる顧客情報の一元管理とアクセスを可能にするソフトウェアです。リレーションシップマーケティングを行う上での理想は、顧客に関する「すべて」の情報を活用すること。MAツールで収集できる情報に加え、営業やカスタマサービスなど他部門からの情報も把握すれば、より精度の高いコミュニケーションが可能になります。
たとえば、カスタマーサポートが受けた問い合わせやフィードバックから、顧客の課題やニーズを把握し、マーケティング施策に反映するなどです。
また、リレーションシップマーケティングの目的は、顧客との長期的な関係の構築であり、これを実現するためには各部門が連携して、一貫した顧客体験を提供する必要があります。
マーケティング部門が顧客との関係性維持に注力しても、セールスやカスタマーサポートと顧客のやり取りが悪ければ、顧客は離れてしまうでしょう。CRMを導入することで、セールス・マーケティング・カスタマーサポートなどが同じ情報を共有し、一貫性のある対応を実現できます。
これまで多くのリレーションシップマーケティングを成功に導いてきた経験から、実践のための5つのポイントをご紹介します。
リレーションシップマーケティングでは、顧客中心のアプローチが欠かせません。自社の製品サービスや自社が伝えたいことではなく、顧客にとって最適かどうかを考えましょう。顧客一人ひとりが何を求めているのかを理解し、それに合わせてパーソナライズ化した施策を展開します。
顧客第一主義を掲げるのは簡単ですが、実践できている企業は少ないです。それでは、どうすれば顧客中心で施策を展開できるのでしょうか。顧客中心で戦略や戦術を立案するためには、顧客インタビューやアンケート調査、フィードバック、コミュニティ運営などで顧客の声に耳を傾け、顧客が直面する課題や懸念を把握することが重要です。
また、顧客と直接かかわったことのないマーケターは、実際に顧客と対話をしてみてはいかがでしょうか。商談への同行や展示会への参加などをすることで、顧客についての解像度を大きく高められます。
リレーションシップマーケティングをする前に、まずは顧客と対話をし、顧客理解を深めてください。そうすることで顧客中心の視点を持ち、関係性を強化し、長期的にブランドを選んでもらえる施策を立案できます。
リレーションシップマーケティングの実践においては、ターゲットがいる場所でコンテンツを発信しなければいけません。たとえば、オウンドメディアを運営するBtoB企業は多いですが、ターゲットがウェブ検索をしていないのであれば、ほかのタッチポイントを活用するべきです。また、対象顧客の平均年齢が40代以上と高いのならば、オンラインフォーラムなどではなく、勉強会やワークショップの開催がよいかもしれません。
ターゲットがいないタッチポイントでメッセージ発信をしても、効果的に関係性を構築するのは困難です。まずはターゲット顧客にインタビューをして、日常的に使う情報収集チャネルを特定しましょう。
5名以上にインタビューできれば、情報の信頼性が高まります。ターゲット顧客へのインタビューが困難な場合、営業やカスタマーサポートなど顧客と直接対話する部門へヒアリングをします。このような情報収集をもとに、チャネルを選定しましょう。
顧客の課題や接点などが判明したら、ペルソナとカスタマージャーニーマップへ落とし込むのがおすすめです。ペルソナとは、自社の理想もしくは典型的な顧客像であり、デモグラフィクスとサイコグラフィクスを設定し、一人の顧客像が思い浮かべるまで具体化します。ペルソナの作成により、顧客の課題や悩み、購買動機などの把握が可能です。
しかし、顧客が求める情報はカスタマージャーニーの各ステージで異なります。そこでペルソナのカスタマージャーニーを作成し、認知から購買、購入後までにおける顧客の課題や情報収集チャネルなどを明確にすることで、最適なコミュニケーションを実現できます。ターゲットが活用するタッチポイントを明確にし、最適なコンテンツを届けるようにしましょう。
リレーションシップマーケティングでツールを活用するメリットは、大きく2つあります。1つめが、顧客にとって最適なタイミングで自動的に情報を届けられることです。トリガーメールやチャットボット、ナレッジベースの構築などが該当します。
顧客の中には、一般的な勤務時間帯である午前9時から午後7時の間に問い合わせをする方がいれば、深夜や休日に回答を求める方もいます。このように顧客が企業にコミュニケーションを求めるタイミングは異なり、各顧客に最適なコミュニケーションを提供するには、ツールの活用が有効です。
2つ目のメリットは、担当者の経験や勘に左右されず、データに基づいた精度の高いコミュニケーションを実現できること。たとえば、MAやCRMツールを活用することで、顧客の購買履歴や嗜好、反応パターンなどのデータをもとに、個別の顧客に対する効果的なコミュニケーションが可能になります。また、フォローアップを自動化することで、長期的な顧客関係を築くのに役立つでしょう。
自社のビジョンやミッション、価値観を反映したコンテンツは、顧客との関係性を強固なものにします。HAVASグループの調査によれば、消費者の77%が「自身と同じ価値観を共有するブランドを選ぶ」と回答。自社の世界観やストーリーを伝えることにより、顧客はブランドに共感し、関係性を強化できるのです。
(出典:HubSpot)
HubSpotは、「Solve For The Customer(顧客にとっての「最適解」を考える)」をビジョンに、徹底した顧客第一主義を貫いている企業として知られています。ブログやEメール、セミナーなどあらゆるタッチポイントで顧客第一主義を発信するほか、顧客に愛される企業になるための指針「カスタマーコード」も評判を集めました。
自社のビジョンや世界観を伝えるコンテンツの目的は、既存顧客にファンになってもらうことです。自社ブランドに強く共感した顧客は、長く自社を選ぶだけではなく、さらなる製品サービスの拡大や積極的な紹介などをしてくれます。
また、記事やSNSなどで発信するコンテンツのほか、Salesforceをはじめとした優れたリレーションシップマーケティングを実施する企業のように、社員やユーザーが一堂に会するイベントを開催し、そこで自社の世界観やストーリーを伝えるのも効果的です。
お客様の課題やニーズは変化するからこそ、企業とお客様のリレーションシップ(関係)も変化しなければいけません。たとえば、SaaS製品を導入直後のお客様は、定着率や活用率を高めるために学習とトレーニングを重視し、ビジネスが成長するにつれてスケーラビリティの要望が生まれるかもしれません。
定期的にお客様が何を求めているのか、どのような課題を抱えているのかを理解するようにしましょう。先にペルソナとカスタマージャーニーマップの必要性をお伝えしましたが、同時に顧客は感情を持つ一人の人間であり、一人ひとり異なる課題や悩みを持つことを忘れてはいけません。
最近はカスタマーマーケティングという言葉もよく目にします。定義については、Googleで検索1位にくる記事を見ても、英語検索で出てくる記事をみても、ほとんどリレーションシップマーケティングと同じ意味合いです。
例:
『顧客マーケティングとは既存の顧客を対象としたマーケティング活動やキャンペーンのことで、特にリテンション、顧客ロイヤルティ、アドボカシー、成長、コミュニティへの参加を促進するために設計されています』(Groovehqより和訳・引用)。
ただし、リレーションシップマーケティングが既存顧客との関係を重視するマーケティングではあるものの、広義では新規見込み客との関係性も含んでいるので、カスタマーマーケティングは既存顧客のみを対象と言い切っているところが現状の相違点かと思います。そのため、実践的な内容の記事が多く見受けられます。
2023年10月時点では「カスタマー・マーケティング・メソッド」の1冊が登場しています。パレートの法則(80対20の法則)を基にカスタマー・ピラミッドを作成し、顧客を選別し収益を生み出す体質を作る手法を解説しており、マーケティングでも営業部門でも応用しやすい内容です。
(引用:東洋経済新報社)
リレーションシップマーケティングの研究が半世紀続いている一方、カスタマーマーケティングについての研究文献、書籍の数はあまりないことから、リレーションシップマーケティングから派生した概念だと考えられます。
使われだしてから歴史が浅い用語の定義がばらつくのはよくあることですが、興味深いのは昨今「カスタマーマーケティング」という職種名が増えてきたことです。
例:サイボウズ社の「カスタマーマーケティング」求人内容
(出典:サイボウズ社)
上記以外にも先端IT企業の求人が目立ちます。求人内容を見てもリテンションだけでなく既存顧客との関係性を軸にビジネスを拡大していく方向であることが多く、先進的な企業が既存顧客との関係をこれまで以上に重要視し、新たな関係性の在り方を追求していることがうかがえます。
カスタマーサクセスの次にくる、カスタマーサクセスをスケールさせるという表現もされていることから、おそらく今後ますますこの種の求人は増えていくでしょう。
近年の顧客は「単なる製品・サービスを購入して活用する購買者」ではなくなりました。情報収集力がありネットワークを持つ顧客は、製品・サービスのファン、客観的なレビュアー、シビアな鑑識眼を持つメディアのいずれにもなりえます。顧客の声が業績に与える影響は、これまでよりはるかに大きくなっています。
しかし、企業が顧客の声を聴き続け、真摯に製品・サービスの品質を向上させていくならば、おそらく顧客は心強いパートナー、応援者でい続けてくれるでしょう。顧客の要望をサービスに反映させ続けることが生命線のSaaS企業にとって、リレーションシップマーケティングに投資することは極めて重要です。