最近は、「社員ファースト」「従業員満足度なしで顧客満足度なし」というフレーズを耳にしたことがある人もいると思います。
現場で働くビジネスパーソンとしては「当たり前のことでは……」と思うかもしれません。しかし、社会通念上はあっても感覚的にしかわかっていなかったため、顧客満足度と従業員満足度のどちらが優先かについては、鶏が先か卵が先かというような論争が長らく続いていました。
本記事では、従業員満足度、顧客ロイヤルティ、生産性の関係性をモデル化した「サービスプロフィットチェーン」というフレームワークを紹介します。この理論は、特にサービス職種において従業員満足度の向上が収益拡大につながることを提唱し、近年、大きな話題を呼びました。
SaaS企業も、セールス、カスタマーサクセス、カスタマーサポートなどのサービス部門を持っているので、経営者や事業責任者、マーケティング担当者は、ぜひ理解しておきましょう。
サービスプロフィットチェーンとは、従業員満足度を、顧客ロイヤルティと収益性に結びつけるビジネスマネジメントのモデルです。
簡単に説明すると、従業員満足度が向上すれば顧客満足度も向上し、企業利益の拡大につながるという考え方です。近江商人の三方良しに近いものがありますが、計測して定量的にマネジメントできるという特徴があります。
(出典:dreamstime)
上記の図をより細かく説明すると、以下の流れです。
サービスプロフィットチェーンは、1994 年に米国ハーバード ビジネス スクールのJames L. Heskett(以下、ジェームス・ヘスケット)氏、W. Earl Sasser(アール・サッサー)氏、および Leonard Schlesinger(レオナルド・スキレンジャー)氏によって提唱されました。
5年間にわたってアメリカンエキスプレス、サウスウエスト航空、Banc One、Waste Management、USAA、MBNA、Intuit、British Airways、Taco Bell、Fairfield Inns、Ritz-Carlton Hotelなど多数の企業を研究し、従業員満足度、顧客満足度、収益の関係性を実証した理論です。
1997年には、この内容が書籍『The Service Profit Chain 』として発売され、広く普及しました。2冊目の『Value Profit chain』では、サービス業のみならずGE、ウォルマート、IBMなどの企業事例も紹介しています。なお、こちらは日本語版も出ています。
(出典:Amazon)
サービスプロフィットチェーンは、前述の3名の研究者以外にもいろいろな実証研究がされてきました。ここでは代表的な研究論文を紹介します。
研究者:J. L. Heskett(J・L・ヘスケット)氏、T. O. Jones( T・O・ジョーンズ)氏、G. W. Loveman(G・W・ラブマン)氏、W. E. Sasser( W・E・サッサー)氏、L. A. Schlesinger( L・A・シュレジンガー)氏
内容:サービスプロフィットチェーンが、最初にハーバード・ビジネス・レビュー上で提唱されたときの論文であり、豊富な事例とともにサービスプロフィットチェーンの概念を説明しています。
5年間多数の企業を研究した結果、特に「利益」と「顧客ロイヤルティ」、「従業員ロイヤルティ」と「顧客ロイヤルティ」、「従業員満足度」と「顧客満足度」の関係性が強いことを明らかにしました。
英語論文なので、こちらをGoogle翻訳かDeepl翻訳で読むとよいでしょう。
前半部分は日本語で公開されており、こちらで読めます。以下のように、印刷製本して郵送してもらうことも可能です。
(出典:bookparkサービス)
論文名:従業員満足度,顧客満足度,財務業績の関係―ホスピタリティ産業における検証
研究者:明治大学 経営学部専任教授 鈴木 研一氏、東北学院大学 経営学部専任教授 松岡 孝介氏
内容:日本の大学教授が6年間、日本のホテル業A社のデータを追って「従業員満足度と顧客満足度と財務業績の関係性」を検証した論文です。マーケティング論および組織論まで含めて幅広く先行研究をレビューしています。
論文の総論として、従業員満足度→サービスの質→顧客満足度→稼働可能客室当りの粗利益との関係性を分析した結果、サービスプロフィットチェーンの妥当性を示しています。海外でも1社の6年間のデータを収集した研究はないようなので、貴重な研究です。
ダウンロードはこちらから(無料)。
論文名:A Review Paper on SERVICE PROFIT CHAIN
研究者:Dr. Shahid Amin Bhat(シャヒード・アミン・バット)博士 - ITM University
(出典:https://www.researchgate.net/)
内容:この論文は、新たに実証実験を行っているわけではありませんが、これまでの数々のサービスプロフィットチェーンに関する先行研究を総合的に分析しているため、全体像を把握するのに非常に役立ちます。
初期のヘスケット氏らの論文の米国企業の研究はもちろん、英国、ニュージーランドの食品小売、スーパーマーケット、銀行、ホテルなどのほか、さまざまな実証研究をレビューしています。
研究によっては有意な結果を示さなかった例もありますが、多くはないため、総論としてサービスプロフィットチェーンの妥当性と、従業員満足度、顧客満足度、顧客ロイヤルティが収益性に与えるポジティブな影響を結論づけています。
それでは、なぜサービスプロフィットチェーンが重要なのでしょうか。ここでは、その3つの理由を整理します。
テクノロジーの進化やSaaS型ビジネスの普及により、製品やサービス単体での競争優位性を築くのが難しい時代になっています。今、企業が注力するべきなのは誰かに語りたくなる体験であり、その起点となるのが顧客満足度です。
それでは、どのようなときに顧客はブランドについて語りたくなるのでしょうか。9000人を対象にした調査では、「商品に感動したとき、92%がすぐにレビューを書く」と回答しています。
逆に、「ブランドに失望したとき」には76%が即座に不満を投稿するとのこと。さらに、「他の購入者の役に立ちたい」という思いから67%がレビューを投稿し、51%は「コミュニティの一員として貢献したい」と感じているといいます。
これらのデータから見えてくるのは、顧客が語るのは、強い感情が動いたとき。つまり、驚きや喜び、あるいは落胆といった、期待の枠を大きく超えた体験に触れた瞬間に口コミやレビュー、SNSなどで自発的に発信されるようになります。
株式会社KDDIエボルバの調査では、「良い口コミが購入の決め手になった」経験のある人は98.4%、「悪い口コミで購入をやめた」人も98%。つまり、ほとんどの消費者が他者の声に耳を傾けているのです。
(引用:EC・通販ユーザー動向調査レポート)
企業がどれほど魅力的なメッセージを発信しても、顧客自身のリアルな体験談には敵いません。満足した顧客は、やがてブランドのプロモーターとなり、信頼というかけがえのない資産を自然と広めてくれます。
そして、そうした声を自然と生み出すには、企業の内側から始まる好循環が必要です。サービス・プロフィット・チェーンが示すように、従業員がやりがいと満足を感じながら働くことでサービスの質が高まり、顧客満足へとつながります。その満足が、やがて語りたくなる体験となり、ブランドを静かに、しかし力強く広げていくのです。
BtoBマーケティングにおいて、LTVは極めて重要な指標のひとつです。多くのBtoBビジネスでは、新規顧客の獲得に時間とコストがかかる一方で、既存顧客との長期的な関係が利益の柱となります。
ここで有効に働くのが、サービスプロフィットチェーンの考え方です。まず、LTVを構成する3つの要素を整理しておきましょう。
これらに直接影響を与えるのが顧客満足度であり、それを支えるのがサービスプロフィットチェーンにおける上流の取り組みです。
さらにLTV最大化には、CAC(顧客獲得コスト)とのバランスを最適化する視点も欠かせません。一般的に、マーケティング施策のROIを測る際、「LTV÷CACが3以上」であることが望ましいとされています。この指標を維持・向上させるには、新規獲得よりも既存顧客からの売上げを継続的に伸ばす方が合理的です。
しかし見落とされがちなのが、顧客満足度と従業員満足度の相関関係です。従業員が疲弊し、モチベーションを欠いた状態では、いかに優れたプロダクトを提供していても、高品質なサポートや提案は期待できません。その結果、顧客の継続率は下がり、LTVの伸びも鈍化します。
一方で、従業員が自社の理念に共感し、裁量をもって顧客と向き合える文化があれば、顧客は「この会社と長く付き合いたい」と感じるようになります。サービスプロフィットチェーンの好循環が機能し、ロイヤルカスタマーを生み出す基盤が整うわけです。
顧客体験(CX)の本質的な改善には、従業員のエンゲージメント向上が欠かせません。ここでいうエンゲージメントとは、単なる満足度ではなく、企業の目的や価値観への共感、自らの業務に対する誇りが伴った深い関与を指します。
たとえば、自身の仕事が顧客や社会にどう貢献しているかを理解している営業担当者は、単なる商談を超えた提案ができる可能性があります。その結果として、顧客との信頼関係が深まり、CXは大きく向上するでしょう。
ギャラップ社によれば、従業員エンゲージメントが高い企業は、競合他社よりも生産性、収益性、顧客評価が向上しているとのことです。このことは、従業員エンゲージメントとCXが密接に結びついていることを裏付けています。
では、どうすればエンゲージメントを高められるのでしょうか。
その答えは、サービスプロフィットチェーンの文脈において、「インナーブランディングの強化」と「現場への裁量権の付与」に集約されます。たとえば、スターバックスでは「お客様との関係を大切にする」という文化が、マニュアルではなくミッションやバリューとして現場に根付いており、従業員一人ひとりの自発的な行動が促されています。
BtoBにおいても同様です。製品導入後のサポートやトラブル対応など、顧客との接点は多岐にわたります。こうした場面で対応する従業員が仕事にやりがいを感じているかどうかが、顧客の印象を大きく左右します。機械的な対応ではなく、「この人は本当に自社のことを考えてくれている」と感じてもらえるかどうかが、CXの質を決定づけるのです。
また厚生労働省の調査によると、業務遂行に伴う裁量権の拡大は、ワークエンゲージメントスコアの向上に統計的有意な正の相関があることが確認されています。
(引用:厚生労働省)
つまり顧客体験の向上は、顧客アンケートやUI改善といった外面的な施策だけでは実現できません。企業文化や人材マネジメントにまで踏み込み、従業員の働きがいを高めることが、改革の出発点となるのです。
サービスプロフィットチェーンは、従業員満足・顧客満足・企業の収益性を一連の流れとしてとらえるフレームワークですが、「いつ導入するのが効果的なのか?」と悩む方もいるでしょう。以下では、サービスプロフィットチェーンの導入がとくに有効とされる3つのタイミングについて解説します。
顧客満足度やリピート率が低いとき、営業力やプロダクト品質だけでなく、サービス提供の仕組みそのものに課題がある可能性があります。サービスプロフィットチェーンの視点でいえば、それはしばしば従業員のモチベーションや働きがいの低下に起因しているわけです。
組織心理学者のHackman(ハックマン)氏とOldham(オールダム)氏による職務特性モデルでは、自己裁量が従業員満足度の重要な要素であるとされています。
自己裁量を持つことで、従業員は仕事の成果に対して責任を感じやすくなり、その結果、意欲やエンゲージメントが高まることが示されています。見方を変えれば、自己裁量権のない職場では従業員エンゲージメントが低下し、顧客が受け取るサービスの質にも影響が生じるのです。これはのちに見る事例でも明らかとなっています。
また、営業やマーケティングの数値だけをKPIに置いた組織では、顧客の本質的な満足度や体験価値を測定・評価する仕組みが弱くなりがちです。結果として、「とりあえず契約は取れたが、継続されない」という状態が常態化します。これは、LTVやリピート率の低下、さらにはブランドの毀損にもつながりかねません。
サービスプロフィットチェーンを取り入れることで、数値に現れにくい「従業員の働きがい」や「チームの一体感」「現場裁量の有無」など、定性的な要素にも光を当てることができます。
デジタルチャネルの拡大により、BtoBにおいても製品や価格だけでは選ばれない時代が到来しています。競合他社との技術力や機能差が縮まる中、最終的な差別化要素となるのがカスタマーエクスペリエンスです。企業と顧客のあらゆる接点における体験の質こそが、ブランド選好や購買判断に大きな影響を与えるようになりました。
たとえば、見積もり依頼後のレスポンススピード、商談時の提案内容の具体性、契約後のオンボーディング体制、サポート対応の一貫性、こうした一連の顧客体験がスムーズで好印象であれば、価格が多少高くとも「次回もこの会社にお願いしたい」と思ってもらえる確率が高まります。
ここで見落とされがちなのが、従業員の働き方やマインドによって大きく左右されるという点です。
サービスプロフィットチェーンの原則では、カスタマーエクスペリエンスを高めるためには、まず従業員エンゲージメントが必要とされます。実際にQualtricsの調査では、従業員エンゲージメントが高い場合、70%の従業員が顧客ニーズをより深く理解し、効果的に対応できると報告されています。
つまりCX向上を目指すなら、UI/UXやマーケティングオートメーションの整備だけでなく、従業員一人ひとりが「顧客の成功」に対して主体的に動ける環境を整える必要があるのです。
カスタマーエクスペリエンス向上に悩む企業こそ、「従業員の満足度とエンゲージメントをどう高めるか」から戦略を立て直すべきタイミングにあります。
従業員の離職率が高かったり、モチベーションが低かったりするとき、それは単なる労務管理の問題だけではなく、ビジネスの成長に直結する顧客体験の質が危機にある兆候かもしれません。なぜなら、サービスプロフィットチェーンでは、従業員満足度は顧客満足度の前提条件とされているためです。
Gallup社の調査によれば、従業員エンゲージメントが高い企業は、支出額の多いロイヤルカスタマーを多く持つ傾向にあるとのことです。これはやはり、従業員モチベーションと顧客体験が相関関係にあることを示しているでしょう。
従業員の離職やモチベーション低下は、突発的な問題ではなく、多くの場合は継続的なフラストレーションの蓄積です。厚生労働省が発表した「令和5年雇用動向調査結果の概況」と「令和5年若年者雇用実態調査の概況」によれば、退職理由として多い要因は以下の通りです。
このような状態を放置していると、優秀な人材ほど早く離脱し、社内には我慢し続けるモチベーションの低い人だけが残るという逆選抜が進行します。サービスプロフィットチェーンの観点から見れば、この状態は顧客への提供価値の質が将来的に下がることを意味します。
一方で、従業員が自社のミッションに共感し、自分の役割にやりがいを持ち、チャレンジの機会が与えられている環境では、自然とエンゲージメントが高まり、離職率も下がります。結果として、一貫性のあるサービス提供が可能となり、顧客からの信頼が蓄積されていくのです。
従業員の離職が増え、モチベーションが下がっているときは、目先の待遇や福利厚生だけでなく、組織の理念や成長支援、コミュニケーションの質など、構造的な部分にこそ目を向けるべきです。
サービスプロフィットチェーンを実践する際は「従業員満足度」と「顧客満足度」の向上を主軸に、「チェーン」を作っていくことを意識しましょう。以下では、その手順を詳しく解説します。
まず、従業員満足度を高めることは基本です。従業員満足度を構成する要素は複数あるため、サーベイで自社の弱いところを確認し、欠けているところを確認した上で、必要な施策を設計します。以下が施策の例です。
現場ではいろいろな予想外のことが起きますが、成長する企業は現場の社員が裁量権をもっており、素早く適切な判断をくだせます。企業のコアバリュー(価値観、行動規範)が理解されているため、現場が判断に迷わないためです。
企業理念をもとに、どのような行動、振る舞いが望ましいかの行動指針を浸透させる必要があります。現時点でコアバリューがない場合、コアバリュー作成プロジェクトなどを立ち上げ、自社の理念を深掘りして、従業員全員で構築することが望ましいでしょう。
前述のように従業員満足度調査で働く環境をリサーチしたり、1on1ミーティングなどで生の意見を聴いたりするなど、今時点での従業員満足度を把握することは大切です。
また、従業員からの業務の改善提案に耳を傾ける仕組みを作ることも重要です。この仕組みがないと、現場の上長次第でフィードバックのしやすさに差がでます。中には何を経営層に言ってもムダという厭世的な雰囲気になるなど、現場がブラックボックス化しがちです。
顧客と接している現場の社員にとって、サービスが改善されプロダクトに自信を持てることは、仕事への誇りにつながります。サービスを共に作っている感覚も持てるでしょう。
スキルアップのためのトレーニングを実施し、社内キャリアアップの道を広げることが大切です。成長している実感が味わえたり、他の部署に異動できたりすれば、新天地を求めて離職せず会社で働き続けるモチベーションを持ちやすいでしょう。
SaaS企業であれば、カスタマーサポート、カスタマーサクセス、インサイドセールスなどがフィールドセールスのサポートという位置づけになりがちです。ただ、上下の関係ではなく適性に合わせ移動できるフラットな横の関係性に近づけられると、スタッフのキャリアの幅が広がり、目標を持ちやすくなるでしょう。
サンクスカード、ピアボーナスなど同僚同士が感謝を伝え合う、褒めあう、チップを贈り合うなどの仕組みを導入する企業が増えています。メルカリ社の「メルチップ」がその一例です。
人間は褒められると嬉しくなりモチベーションが上がります(脳では金銭をもらうときと同じ部位が反応)。社内の人間関係が生産性にも影響するという研究結果も古くからあります。
ルールではあっても感謝を表明することで、褒めた側は自分が誰のお世話になったかを自覚でき、褒められた側は承認された喜びを味わえるため、チームワークがよくなる可能性は高いでしょう。
逆に、たとえばインサイドセールス部門が努力の末アポイントまでこぎつけた案件を「アポの質が悪い」と一蹴されれば、「営業力がないのでは……」と返したくなるのが人間です。負のサイクルになるのは簡単なので、意識して社内にポジティブな発言が出る仕組みを作るくらいでちょうどよいかと思います。
ここでは、サービスプロフィットチェーンの観点で、サービス品質を高めるアプローチを紹介します。
顧客満足度を高めるためには、顧客の現在の満足度がどの程度かをまず把握する仕組みが必要です。ハインリッヒの法則でいわれるように、ストレートにクレームを言って去る顧客のうしろには、その何倍もの不満を持った顧客がいます。
以下のような手法で、顧客からのフィードバックを集めて改善することが大切です。
とはいえ、多くの企業がいきなり100点満点のサービスを提供できることはまずありません。事業責任者やマーケティング責任者は、ホールプロダクトの概念をベースにサービス改善に取り組んでいきましょう。
ホールプロダクトとは、ベンダーが最初に提供するサービスと顧客が期待する水準にはギャップがあるので、段階的にサービスを向上させていく考え方です。サービスの完成度を4段階でとらえます。
段階的に、顧客が求めている価値とのギャップを解消し、満足してもらい、最終的には顧客の期待を超えることを目指します。サービスが進化し続けていれば、初期ステージであっても顧客は期待してくれるでしょう。
サービス品質を高めるうえで、従業員のスキルやモチベーションはもちろん重要ですが、それと同じくらい大切なのが業務プロセスの整備・最適化です。いくら優秀な人材がいても、非効率なオペレーションや属人化した業務体制の中では、持続的に質の高いサービスを提供するのは困難でしょう。
先に紹介した厚生労働省の調査でも、労働条件が離職の理由になっている、かつ人口減少が大幅に進んでいる現状を踏まえると、業務プロセスの最適化は必須といっても過言ではありません。
それでは、どうすれば業務プロセスを最適化できるのでしょうか。その第一歩となるのが、マニュアルやガイドラインの整備です。
問い合わせ対応や設定手順などを明文化し、社内Wikiやナレッジベースで誰でもアクセスできるようにすることで、対応のばらつきを防ぎ、新人でも即戦力として活躍できる環境が整います。
さらに、マニュアルは作成して放置するのではなく、実際の業務データや現場のフィードバックをもとに定期的に見直す運用体制を持つことで、業務品質とともに従業員の業務負荷を継続的に軽減できます。
また、プロセス最適化の文脈では、以下のような視点も有効です。
こうした取り組みは、従業員のストレスや業務過多を抑えるだけでなく、結果的に顧客に対しても一貫性のあるスムーズな体験を提供する基盤となります。
サービスプロフィットチェーンの流れにおいて、「従業員満足向上→サービス品質向上→顧客満足度向上→顧客ロイヤルティ向上→利益の最大化」という因果関係は明確です。そのなかでも顧客満足度は、外部からの評価が最も可視化されやすく、企業の信頼性やブランド価値に直結する重要な中間指標です。
ここでは、顧客満足度向上のために欠かせない2つの要素、すなわち「カスタマーエクスペリエンス(CX)の強化」と「フィードバックの活用」について解説します。
現代の顧客は、製品やサービスそのもの以上に、企業との一連のやりとりの中で得られる体験に価値を見出す傾向があります。実際にマッキンゼーの調査によると、カスタマー・エクスペリエンスを向上させることで、売上高は2~7%、収益性は1~2%向上すると判明しています。
それでは、カスタマーエクスペリエンスはどのように強化すればよいのでしょうか。
大前提として、従業員満足度の向上は欠かせません。従業員の意欲を高めることで、顧客対応がよくなります。たとえば、問い合わせに対する初動レスポンスのスピード、導入時のオンボーディング体験、契約更新時のサポート体制など、顧客が企業と接する「モーメント・オブ・トゥルース(MOT)」において、常にポジティブな印象を与えることが重要です。
2つ目はパーソナライズした対応です。今や業界に関わらずパーソナライズ体験の重要性が増しています。マッキンゼーの別の調査では、消費者の71%は、企業がパーソナライズされたインタラクションを提供することを期待しているそうです。そして、76%の消費者はそれが実現されないと不満を感じていると判明しています。
(引用:マッキンゼー)
特にSaaSやITソリューションなど複雑性の高い商材では、顧客の業種や業務課題に応じたパーソナライズが求められます。CRMやCDPを活用して、顧客の属性・履歴・ニーズを把握した上で、個別最適化された提案・対応を行うことがCXの質を高めます。
顧客満足度を向上させるためには、単に施策を打つだけでなく、顧客の声を正確に収集し、それを分析・活用する仕組みを構築することが不可欠です。
現場の担当者が「顧客はきっとこう感じているだろう」といった主観的な推測に基づいて施策を進めてしまうと、的外れな対応となり、かえって満足度を損なう可能性があります。顧客体験を本質的に向上させるためには、顧客のリアルな声、すなわちフィードバックに真摯に耳を傾け、それを事実として受け止める姿勢が求められます。
たとえば、NPSやCSAT(顧客満足度調査)を定期的に実施し、データを通じて顧客心理の変化を可視化することは有効な手段のひとつです。また、口コミやレビューといった日常的な顧客発信の情報も、見逃せないインサイトの宝庫です。
さらに一歩踏み込んだ取り組みとして注目されているのが、VOC(Voice of Customer)プログラムの導入です。これは顧客の声を組織的に集約し、製品やサービス改善のサイクルに組み込むフレームワークであり、実際に成果を上げている企業も少なくありません。
メルカリでは、VOCを社内文化の中心に据えており、誰でも自由に顧客の声にアクセスできる「VOC Portal」という社内情報サイトを運用しています。このような取り組みによって、日々の顧客の声が開発や運用チームの判断材料として活用され、実際に機能改善に結びついているとのことです。
サービスプロフィットチェーンの終着点に位置するのが、顧客ロイヤルティの向上です。
従業員満足度の改善から始まる一連の価値連鎖は、最終的に「何度も利用してくれる顧客」「他者に紹介してくれる顧客」の存在によって、企業の収益を安定化させ、持続可能な成長へとつながっていきます。
顧客ロイヤルティを高めるための第一歩は、一度取引のあった顧客に再び選ばれる状態を作れるかどうかにあります。そもそもリピートとは、定期契約やサブスクリプションに限らず、同一部署での再受注、他部署からの追加発注、さらには関連サービスへの展開など、さまざまな形で現れます。
こうした継続的な選択を促すためには、いくつかの取り組みが効果的です。たとえば、契約継続年数に応じた優遇施策を用意したり、導入事例の共同制作やウェビナー登壇といった共創の機会を提供したりすることで、顧客にとって「この企業と付き合い続ける価値」が実感できるようになります。
また、MAツールやCRMを活用し、業界や導入フェーズに応じて最適化された情報発信を行えば、自社のことを理解してくれているという信頼が醸成され、他社への乗り換えを防ぐ効果も期待できます。
こうした一連の取り組みを通じて、顧客との関係は一過性のものから長期的なパートナーシップへと進化し、結果的にリピートやアップセル、クロスセルといった継続的な成果へとつながっていくのです。
口コミや第三者からの紹介は、BtoBの購買プロセスにおいて極めて大きな影響力を持っています。
Gartnerが実施した「2021 SMB Software Buying Behaviors Survey」では、66%のBtoBソフトウェアバイヤーが「レビューが購入決定に重要な影響を与える」と回答しており、さらに85%がオンラインレビューを個人的な推薦と同等に信頼しているという結果が出ています。
加えて、71%のバイヤーは過去6カ月以内に書かれたレビューに重きを置いていることからも、信頼できる他者の声がいかに意思決定を左右しているかがわかります。
(引用:Gartner)
このような背景を踏まえると、企業が高い顧客ロイヤリティを築く上で、満足している顧客が自発的に体験を共有したくなる仕組みを戦略的に整備することが欠かせません。
たとえば、新規顧客を紹介してくれた既存顧客に対して特典や優遇対応を提供する紹介制度は、自然な形で紹介行動を促すインセンティブとなり、顧客の関与度をさらに高める効果があります。
また、SNS投稿やレビュー記事、インタビュー動画といったユーザー生成コンテンツ(UGC)を企業側が支援・拡散することで、広告では得られない「第三者視点からの信頼性」が生まれます。
特にロイヤリティの高い顧客と長期的な関係を築き、製品開発やプロモーション活動にも関わってもらうアンバサダープログラムは、顧客を単なる利用者ではなくブランドの共創者として位置づけることを可能にします。
このように、口コミや紹介の促進は、企業と顧客の関係性を「売って終わり」ではなく、「共に価値を育てていく」ものへと昇華させるアプローチであり、サービスプロフィットチェーンが掲げる「人を起点に価値を広げる」という理念とも完全に一致しています。
選ばれる企業とは、製品や価格の優位性だけでなく、人とのつながりと共感に裏打ちされた信頼のネットワークを築いている企業なのです。
ここでは、サービスプロフィットチェーンの事例を紹介します。
(出典:サウスウエスト航空HP)
サウスウエスト航空はヘスケット氏らの論文で紹介されている企業です。短距離路線にフォーカスし座席指定なし、ファーストクラスなし、機内食なし、航空券なし、格安運賃でありながら、高品質な顧客サービスを実現し急成長した企業です。
前CEOハーブ・ケルハー氏は「(従業員第一、顧客第二、株主第三)」を明言しており、現CEOも公式HPで社員を称賛しています(赤矢印の箇所)。日本語訳は以下です。
””私たちを私たちたらしめている最大のものは、私たちの社員であり、彼らが提供するユニークで比類のないホスピタリティです。サウスウエスト航空の社員ほど、サービスに対するハートを持った人はいない。誰一人として”
ボブ・ジョーダン、サウスウエスト航空最高経営責任者
サウスウエスト航空は顧客よりも、発展の原動力である信頼できる社員を上位に位置づけており、「従業員を満足させることで、従業員は自らが顧客に最高の満足を提供する」という経営哲学が特徴です。
実際、従業員を大切に扱うさまざまな施策があります。
(参考:『破天荒!!―サウスウエスト航空 驚愕の経営書籍名』-Amazon)
(出典:Tacobell)
ペプシコの子会社タコベルも、同じ最初の論文にサービスプロフィットチェーンを測定し戦略的に取り組んでいる企業として紹介されています。
具体的にはユニット、マネージャー、ゾーン、国ごとの日々の利益と顧客インタビューの結果から「顧客満足度評価の上位 4 分の 1 の店舗があらゆる点で他の店舗よりも優れている」ことを発見。これをもとに報酬制度を見直し、直営店の「管理者報酬の20%以上」を顧客満足度と結びつけ、さらに顧客満足度と利益を向上させました。
また、離職率が最も低い 20% の店舗が離職率が最も高い 20% の店舗より「売上げが 2 倍、利益が 55% 高い」と発見。従業員満足プログラムを以下のようにアップデートしました。
(出典:セールスフォースジャパンHPの採用ページ)
2022年度の、PTWジャパン社の『働きがいのある会社』ランキング大規模部門No.1に選出されたセールスフォースジャパン。このような賞の常連です。米国本社もさまざまな同様の賞を受賞しており、同社はまさしくサービスプロフィットチェーンを体現しているといえるでしょう。
セールスフォースには、さまざまな業界からトップクラスの営業マンが集まっており、共通したセールスフォースのカルチャーを感じさせます。
出身者が「辞める理由が見当たらない」と語るほどの環境で、公式HPを見るだけで多様なサポートがありますが、従業員満足度が高いポイントとして以下があげられるでしょう。
すぐ真似できるものではありませんが、ひとつの理想形として参考になります。
(出典:スターバックスの採用サイト)
サービスプロフィットチェーンと聞いて思い浮かぶ企業のひとつが、スターバックスではないでしょうか。
店舗では店員が裁量を持って生き生きと働き、その姿勢が顧客体験の質を高めている光景を目にしたことがある人も多いはずです。まさにこれは、従業員満足が顧客満足へとつながり、結果として企業の成長を促すというサービスプロフィットチェーンの典型例といえます。
実際にスターバックスは2024年度のJCSI(日本版顧客満足度指数)において、カフェ部門で1位を獲得しています。
同社のバリューズ(行動規範)には、「パートナー、コーヒー、お客様を中心とし」と明記されており、ビジネスの中核が製品や顧客だけでなく、パートナーと呼ばれる従業員の存在にあることが明らかです。
実際、スターバックスでは入社直後からパートナーに対してミッションやビジョンを浸透させる研修を行い、「自分が顧客や地域にどう貢献できるか」を自発的に考える土壌を築いています。
その一方で、人事戦略においてもユニークな特徴があります。たとえば、アルバイトスタッフの数が社員数を上回っているのもそのひとつですが、これは単に人件費を抑えるためではなく、現場での柔軟な判断や主体的な行動が求められていることの裏返しです。
こうした環境整備が功を奏し、スターバックスの従業員満足度は非常に高く、2017年の社内調査では従業員満足度89%という数字が報告されています。また、同年の新卒3年以内の離職率は17%、アルバイトの離職率も32%と安定した雇用が保たれているのも特徴です。
さらに、スターバックスは地域との関わりにも力を入れており、清掃活動や地元イベントへの参加などを通じて、店舗が地域社会に根ざしたコミュニティのハブとなることを目指しています。
従業員のやりがいが顧客満足を生み、そこから企業価値が高まっていく。スターバックスは、まさにサービスプロフィットチェーンを企業文化として体現している好例といえるでしょう。
(出典:星野リゾートの採用サイト)
星野リゾートの特徴は、単に顧客満足を追求するだけでなく、従業員が自らの意志で顧客価値を創出できるような、柔軟で自律的な組織設計にあります。象徴的なのがフラットな組織体制です。
従来型の上下関係による出世競争が存在せず、評価の基準はあくまで「顧客にとって価値があるかどうか」。それゆえ、足の引っ張り合いや忖度といった内部競争は排除され、すべての従業員が純粋にお客様のために行動できる環境が整っているのです。
また、スターバックスと同様に、星野リゾートも現場への大きな裁量権の委譲を特徴としています。各施設は地域の文化や自然に根ざした独自のコンセプトを持ち、現場スタッフはその土地ならではの魅力を最大限に引き出すプログラムの企画・運営を自主的に行っています。
これは単なる「ローカライズ」ではなく、現場主導の価値創出が企業活動の核に据えられている証拠です。実際に、各施設で実施されているアクティビティやイベントの多くは、スタッフからの提案を起点として誕生したものであり、中にはSNSで話題となり、集客に大きく貢献しているプログラムも存在します。
こうした現場主導の姿勢を体現するのが、代表・星野氏の「トップの言うとおりにすれば評価されるのではなく、顧客満足が高まることに取り組まなければ自分たちの評価にはつながらない。顧客の満足につながると自分たちが信じることをやるしかないのです」という言葉です。
この考えは、従業員が自分の判断で動き、その結果が顧客の感動や評価につながるという、サービスプロフィットチェーンの核心を突いたものといえるでしょう。
広告に過度に頼らず、SNSや口コミを通じた自然な拡散によって集客を実現している点も、同社のロイヤルティの高さを裏づけています。顧客は単なる宿泊者ではなく、そこで得た体験を他者に伝えたくなる共感の語り手となり、ブランドの認知と信頼の広がりを担っています。
そして、その起点には常に、現場の裁量と創造性を信じて任せる経営姿勢と、それに応える従業員の誇りとやりがいがあるわけです。
近年は、厚生労働省でも顧客満足度、従業員満足度両方を意識している企業の生産性が高いというデータを出しています。
セールスフォース社とForbes Insights社が行った、従業員体験(EX)、顧客体験(CX)と収益の関係性についてのレポートでは、「従業員体験を優先した企業は1.8倍の収益成長」を達成しています。顧客体験のみに焦点をあてた場合、収益増加と相関していかなかったそうです。
事業責任者の方であれば、現場スタッフの待遇、トレーニング、キャリアの選択肢、カルチャー醸成までふくめて従業員満足度を高めていければ、提供するサービスの品質が向上し売上げにつながることが期待できます。
マーケティング担当者であれば、良いリードを生み出すことを意識すれば、セールス部門の満足度が向上し、良い顧客が増え、売上げにつながっていきます。カスタマーサポート、カスタマーサクセスからのフィードバックを仕組み化すれば、マーケティング施策の精度を高めることができるでしょう。
シンプルであってもよいので、お互いの努力がポジティブに循環するような成功のサイクルを作っていきましょう。