マーケティングの仕事についていると「マーケターならフィリップ・コトラーの本は読むべき」「コトラーの理論は知っていないとね」などなど、しばしば名前が出るのがPhilipe・Kotoler(フィリップ・コトラー)氏です。
「マーケティングの神様」「近代マーケティングの父」「マーケティングの巨匠」と呼ばれるマーケティング界のレジェンド。たしかにその知見を学んでおくべきではありますが、あまりにも著書や論文が多く、いざ勉強してみようと思っても圧倒されて何から学べばよいか迷う方もいるのではないでしょうか?
そこで今回は、フィリップ・コトラー氏の著作物からマーケターが知っておくべき代表的な論文、おすすめの書籍を紹介。また、なぜか混同されやすい米国の経営学者、Peter・ Drucker(ピーター・ドラッカー)氏との違いも解説します。
(出典:ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院)
フィリップ・コトラー氏は、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院のマーケティング名誉教授です。ご両親はロシア、ウクライナからの移民であり、コトラー氏は1931年にシカゴで生まれました。
コトラー氏は、2022年時点で91歳ですが、直近でもデジタルマーケティング、IoT、AI等がもたらす近未来の社会でのマーケティングに関する本を出版するなど、マーケティング界の第一線で活躍しています。
コトラー氏の功績は、STP分析など自身の開発した理論も有名ですが、むしろマーケティングを体系化し、マーケティングの概念を拡張し、1900年代から勃興した近代マーケティングの進化に多大な貢献をしてきたことで知られます。書ききれないほどの実績がありますが、以下に特徴的なトピックを記載します。
コトラー氏の影響は、世界各国の企業、政治団体、慈善団体など多方面に及びます。また、大の親日家であり、日本好きを公言しています。
(出典:Amazon)
コトラー氏は、主要なジャーナルに 150 以上の論文を発表しています。ここでは、ビジネス領域でコトラー氏が出した有名な論文を一部紹介します。
1969年に出された、フィリップ・コトラー氏とSidney j.Levy(シドニー・J・レヴィ)氏の共著による論文 「“Broadening Concept of Marketing,”(マーケティングの概念を広げる)」は、アカデミックにおけるマーケティングの概念を拡張し、マーケティングを社会に広く認知させる役割を果たしました。
この論文をきっかけに、マーケティングは企業だけでなく、さまざまな非営利組織に普及していきます。この論文は米国マーケティング協会のJournal of Marketing誌が最優秀論文を表彰する「アルファ・カッパ・サイ財団賞」を受賞しました。
コトラー氏が、企業には全社的なマーケティング・マインドが欠如していることを指摘した論文です。
コモディティ化が進む現代にもかかわらず従来の思考の延長でしかマーケティングを捉えられず、ソーシャル・マーケティングについては顧客志向と社会志向が同時実現ではなく、別な活動として捉えられてしまったとし、マーケティング・マインドの根底にある「価値の交換と互助の原則」に立ち帰る必要性を提唱しました。
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規制の厳しい市場に参入し、効果的に活動するための方法として、製品(Product)、価格(Price)、場所(Place)、販促(Promotion)の4P、さらに政治的権力(Power)と広報活動(Public Relations)を加えた6Pを戦略的にミックスして、関係組織の協力を得る必要があると説いた論文。
コトラー氏の2008年までの論文をまとめた書籍『市場戦略論』という書籍の中に収録されています。
経営陣が、既存製品の対策よりも、新製品を続々と市場に送り出すことばかりに力を入れると、マーケティング活動が多種類の製品群に広く薄く実施されることになり、結果的に危機的状況を招くと説いた論文。6段階の管理システムを用いて、衰退製品の摘出と撤退の意思決定に関する評価基準とプロセスを示します。
こちらも『市場戦略論』という書籍の中に収録されています。この論文だけ読みたい場合はこちらから。
ここでは、コトラー氏が提唱した理論を3つ紹介します。
STP分析はフィリップ・コトラー氏によって提唱された、市場を細分化し市場での自社の優位なポジションを探すためのフレームワークです。
新規市場参入、新規商品・サービスの開発等に活用できます。シンプルなフレームワークなので専門知識がなくても分析でき、あらゆる業界で活用できます。
(出典:Oxford College of Marketing)
有名なマーケティングミックスの4Pは、コトラー氏の提唱と勘違いされることが多いのですが、発案者は別にいます。ただ、コトラー氏によって4Pが広く知られたことは事実です。
(コトラー氏は他の学者の理論でも、良いと思うものは積極的に学び世に広める人物であるため、コトラー氏が発案したと誤解されたまま世に浸透するケースが他にもいくつかあります)
コトラー氏は前述の6P以外に、製品(Product)、価格(Price)、流通(Place)、プロモーション(Promotion)の4Pに、さらにマーケティングに必要な3つの要素、人材(People)、プロセス(Process)、物理的証拠(Physical Evidence)を加えた7Pを提唱しています。
7Pを活用すると、より多角的にターゲット市場や自社の位置づけ、戦略を定義できます。
(7Pの構成要素)
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コトラー氏は、市場での企業の地位を「リーダー」「チャレンジャー」「フォロワー」「ニッチャー」の4種類に分類し、各ポジションの企業がとるべきマーケティング戦略モデルを開発しています。
1.マーケット・リーダー
最大のシェアを持つ業界のトップ企業。
とるべき戦略:現在のシェアを維持し市場規模拡大を図る全方位戦略。
2.チャレンジャー
業界で2、3番手の位置にある企業で、業界のトップの座を狙う企業。
とるべき戦略:リーダー企業に対して差別化戦略や低価格路線を採用し、シェアNo.1を目指す。
3.フォロワー
業界で2、3番手の位置にある企業で、マーケットリーダーを目指さず、基本的にトップ企業の真似をする戦略をとる企業。
とるべき戦略:成功しているリーダー企業を模倣し、シェア拡大を図る。製品開発投資にコストをあまりかけないで高収益を達成することを戦略目標とする。
4.ニッチャー
競合他社がまだこの市場を所有していないときに、ニッチ市場に参入する企業 。規模は小さいが競争力のある企業がとるアプローチ 。
とるべき戦略:大企業が参入しにくいニッチ領域に資源を投入して利益を得る
マーケティング中級者には、MBAのテキストにも使われる『コトラー&ケラーのマーケティング・マネジメント 第12版(マーケティング・マネジメント最新版)』をおすすめします。
しかし、なにしろ分厚く(1,000頁くらい)、重く、価格も1 万円近くと高価。マーケティング初心者にはヘビーかもしれないので、ここでは一般ビジネスマンが比較的手にとりやすい書籍を紹介します。
(出典:Amazon)
概要:フィリップ・コトラー氏がビジネスマンに役立つ80のマーケティング・コンセプトを解説している本です。
BtoBマーケティング、コミュニケーションとプロモーション、コーポレート・ブランディング、カスタマー・リレーションシップ・マネジメント、顧客満足、データベース・マーケ
マーケティング、景気後退期のマーケティング、パブリック・リレーションズといったわかりやすい章立てです。
アルファベット順に編纂されているため、仕事上何かわからないマーケティング用語が出てきたときに、辞書的に活用できます。内容は濃く実践的ながら、わかりやすいユーモラスな文章なので、楽しみながら読めるでしょう。
価格:Kindle版2,178円 単行本2,420円
(出典:Amazon)
概要:2022年4月に日本で初版が出たコトラー氏の最新著。神様コトラーの緊急提言! というキャッチコピーのこの本では、コロナ禍で急速に進んだデジタル化に対応するマーケティング戦略が解説されています。『マーケティング3.0』『マーケティン4.0』に続く、コトラーのマーケティングシリーズの第3弾です。
人によっては自分の実務にすぐ役立てるために、『マーケティング3.0』『マーケティング4.0』を読んでもよいでしょう。
しかし、ビジネス環境はコロナ禍で激変しました。現在の状況でのコトラー氏の思考、最新のマーケティングの概念にふれ、戦略を考える際の方向性の参考にしたり、インスピレーションを得たりすることは大事かと思います。
価格:Kindle版2,340円 単行本2,750円
(出典:Amazon)
概要:「私は日本の大ファンだ。これは日本人の可能性を解き放つための本である」とコトラー氏が語っている本です。この翻訳の前に出した『マーケティング4.0』について、日本の価値をいかにビジネス化するかというテーマで、日本市場だけに向けて出版されたとのこと。
日本には他国にはない可能性があるものの、機能不全を起こしており、どう克服すべきかを語った貴重な一冊です。
価格:単行本2,940円
フィリップ・コトラー氏は、しばしば経営学者のピーター・ドラッカー氏と混同されます。実際共通点も多く、なんとなく雰囲気も似ていますし、活躍した時代もかぶります(ドラッカー氏が20歳ほど年長ですが)。
また、2人とも親日家であることも共通しています。しばしば2人は日本企業を褒め、日本の古くからの実業に称賛の声をあげます。コトラー氏が日本の刀剣、ドラッカー氏が日本絵画のコレクターであり、ドラッカー氏がコトラー氏を自宅に招いてコレクションを見せるなど交流もあったそうです。
そのため、日本人から見ると似た印象があるのでしょう。
実績面においても、2003年にFinancial Times誌がコトラー氏の貢献の一つに「ピーター・ドラッカーが始めた傾向を引き継ぎ、価格や流通から、顧客のニーズの充足や製品・サービスから受ける便益により重点を置くようになった」とあげたように、コトラー氏はドラッカー氏の研究を継承している人物という評価もされています。
では何が大きな違いか? というと、以下の呼称を比較するとわかりやすいでしょう。
両氏とも専門領域が広くさまざまな分野に影響を与え共通点が多いものの、ビジネス領域について言えば、ドラッカー氏は「目標管理」「ベンチマーキング」「コアコンピタンス」の提唱など特に経営・マネジメント領域での影響が大きく、マネジメントの発明者とも呼ばれます。
一方コトラー氏は、マーケティングを拡張し事業経営そのものに近づけていきましたが、特にマーケティング領域の解像度が高いところが特徴です。売る仕組み、マーケティングの具体的な戦略、ステップ、他学者の功績も含めてマーケティングを体系化しました。
そのため、両氏とも経営者からは人気ですが、ビジネスマンの読者となると、コトラー氏の本を読むのはマーケティング関連の人が多く、ドラッカー氏の読者は人事関連や部署を問わず中間管理職、と分かれる傾向があるかと思います。
マーケティングの神様と称されるフィリップ・コトラー氏。ノーベル賞受賞者3人に師事し、ケロッグ大学でマーケティングを教えてからはマーケティングの概念を拡張し、その意義を世界に知らしめ、近代マーケティング業界を牽引してきた偉大な人物です。
さらに、さまざまな記事から、コトラー氏がたぐいまれな頭脳と見識と行動力を持つだけでなく、人間的に暖かくユーモアに溢れ、学ぶ姿勢の旺盛な(他の学者が提唱した理論にも常に好奇心をもって知ろうとする)方であることも伝わります。
よくよく言われますが(決してマーケの世界だけではない話ですが)、日本のマーケティング識者の言説の大元はフィリップ・コトラー氏やMichael Porter(マイケル・ポーター)氏など、米国マーケティングの巨匠たちに源流があることが多々あります。
わかりやすく日本語で伝えてくれる価値はありますが、何事も原典、本物にあたるとより正しく効率的に学べ、刺激も大きいもの。
何より、コトラー氏がすごいのは今でも環境変化にあわせて、マーケティングの概念、有効な戦略をアップデートし続けていることです。古典ではなく最先端なのです。
最近はコンパクトな本もでているので、機会を見て「マーケティングの神様」の知見、息吹に触れてみましょう。