ペルソナ作成は、商品開発、マーケティング、広告デザインなどのビジネスシーンで昔から活用されているフレームワークです。
その効果には定評があり、2016年の米国のCintell社が行った調査では、収益が目標を上回っているBtoB企業の 71% は、ペルソナを正式に文書化しています。その一方で、目標のみを達成している企業は 37%、目標を達成していない企業は 26% しかペルソナを作成していないという結果が出ています。
とはいえ、具体的な成功事例はあまり表に出てきません。日本でも、「カルビー「じゃがビー」V字回復 ペルソナ再設定が実る」といったBtoC有名企業のペルソナ事例が、たまにメディアにとりあげられるくらいです。
これは、BtoBペルソナというテーマが一般受けはしないこともありますが、それ以上に、どのような想定顧客にどんなプロダクトを企画し、マーケティング戦略を投下するかは、企業が公開したくない重要事項であるからでしょう。
そのため、ペルソナ作成の重要性がピンとこないマーケティング担当者の方も多いと思います。そこでこの記事では、BtoBビジネスにおけるペルソナ設定の重要性と、成功につながるペルソナの設定ノウハウを解説します。
ペルソナとは、商品企画やマーケティングシーンの際に設定する、その商品ごとの「理想的な半架空の顧客像」です。
ペルソナは実際には存在しない人物ながら、氏名、顔写真、年齢、性別、仕事上の課題などまで作りこむので、あたかも市場に存在しそうなリアリティのある人物像に仕上げられます。
一般に、顧客データや顧客インタビューの内容から共通した特徴をまとめあげて作成したプロファイルを、紙のテンプレートやクラウドツールを活用してペルソナシートとしてまとめます。作成したペルソナは、顧客のニーズ、課題、予算、行動パターンや判断基準などを理解するため有効なツールになります。
(出典:Adobe.com)
ペルソナを明確に描くと、市場において自社が誰に対して商品を展開していけばよいかが絞り込まれるので、以下のメリットがあります。
ペルソナは、自社の顧客データや顧客インタビューから理想的な顧客の共通項をもとにして作成した人物のモデル像です。
ペルソナを作成することで、商品開発者が自分のメンタルモデルを商品に投影することを防ぐことができます。これは、マーケティング担当者にとっても同じです。
この年齢、この役職のペルソナなら、このSNSで情報収集するだろう、今必要としている情報はこれだろうと、自分の価値基準に影響されず、顧客視点でチャネルを選び、コンテンツや広告のデザインを考えられます。
また、顧客をデータではなく、一人の人間として解像度高く捉えることができるようになります。
企業には、営業、カスタマーサポート、カスタマーサクセスなど直に顧客と接する部門があります。しかし、おそらく思い描いている顧客像は異なるでしょう。同じ人であっても、営業されているとき、購入するとき、クレームを入れるとき、購入後ではニーズも心理も異なり見せる顔が違います。
一方、マーケティング部門は大量のデータから顧客の傾向を理解することはできるものの、顧客と接する機会が少ないのでリアルな顧客心理がわからないという課題を抱えがちです。ある程度までセグメントはできても、顧客を一個人として深く理解できるほど解像度は高くなりません。
各現場スタッフから見える顧客、データから見える顧客と、企業内の顧客像は部署によってバラツキがちで、これがしばしば意思疎通のボトルネックになります。ペルソナを作成することで、全部署が統一した顧客イメージを持つことができます。その結果、部署をまたいだプロジェクトの連携がスムーズになり、成功可能性が高まるのです。
(https://www.semrush.com/blog/buyer-persona/)
適切なペルソナを作成すると、商品開発部門は、顧客が真に必要な機能を追加し、不要な機能をなくす判断ができるようになります。
マーケティング部門は見込み客が欲しがっている情報を、見込み客がいるチャネルに届けられるでしょう。また、見込み客の理解度に合わせた情報をタイミングよく届けられるようになります。
ペルソナ作成を行うことで、企画から販売、サポートのすべての接点における対応が顧客に寄り添ったものになるため、顧客満足度が向上します。
ペルソナはもっとも購入可能性のあるモデル顧客像です。ペルソナに対してマーケティング施策を考えると、結果的に見込み客が多いチャネルを選び、彼らに響くマーケティングメッセージを展開でき、マーケティング施策の効果が高まります。
これにより、予算を投下して頑張っているのに、ターゲットとしている顧客がわずかしかいないために成果につながらない、といった失敗が起こりにくいでしょう。例えば、オウンドメディアで大量の読者は増えたのに、関係ない人に訴求してしまいリードが少ないといった事態を避けられます。
コンテンツの内容も的を射たものとなり、マーケティングROIが向上します。例えば、米国の統計ではメールマーケティングにペルソナを活用したことでクリックスルー率が 14% 、コンバージョン率が 10% 増加したという結果もあります。
(出典:https://www.delve.ai/blog/buyer-persona-statistics)
ここでは、当社で作成しているBtoBSaaS企業のペルソナ設定例を2パターン紹介します。
こちらのペルソナは、東証一部上場企業の30代前半の経理主任、仮名は田中誠司さんという設定です。
平成生まれの田中さんは、物心ついたときからインターネットは身近であり、デジタル機器は難なく使いこなせます。大学は関関同立クラスで、人柄も誠実。ちょうど社内で上の世代からは安心感を持たれ、後輩世代のよき理解者という立ち位置です。
田中さんは、日頃の情報収集から、現在の経理業務はSaaSなどのクラウドサービスを使えばかなり効率化できることを理解しています。しかし、部署にはITリテラシーが高くないベテランが長く勤務しており、変革を提案したときの先輩社員の反応が気がかりです。
経理部門での田中さんの権限はまだ大きくありませんし、会社自体がドラスティックな改革に慎重な社風です。東証一部ならではのセキュリティの厳しさもあるなど課題が多いので、田中さんは、自分の評価を高める努力をしながら、提案するタイミングの機会をうかがっています。
飯田さんは、従業員約700名のIT企業です。前職では経営企画部でしたが、転職してからは広報室でIR担当をしています。
IT企業は転職組が多く、特にハンデもなく新しい業務に取り組んでいます。しかし、間接部門の人数は2人しかいないため、株主・投資家が求める財務情報やCSR、ESGなどの非財務情報の発信があまりできていないのが現状です。
昨今の世界的なトレンドを見ると、魅力的な投資先たる判断材料として、非財務情報の発信に力を入れていかなければいけないことは明白です。しかし、ESG関連、CSR関連とも開示する情報は任意であり、正直、その項目に取り組んで企業の成果が上がるかと考えると疑問点も沸き上がります。
より効率的に情報収集を行い、実施すべき多種多様な情報の開示業務の優先順位をつけていきたいと考えています。
次に、実際のペルソナテンプレートをもとに、設定項目、内容をまとめるときの参照情報、どのように考えていけばよいかを解説します。
なお、ベンダーの業界・ビジネスモデルデザインによってペルソナの項目は変わりますので、汎用的な項目としてご理解ください。
テンプレート
まず、ペルソナの属性情報を設定していきます。
社内の顧客データを参考に、優良顧客の多い業界、職種、役職、年齢などの特徴を洗い出し設定していきましょう。
企業・業界
業界に特化した商品であれば、ここはそれほど悩まないでしょう。幅広い業界に展開している場合は、CRMデータなどからロイヤル顧客の業界をピックアップし、複数のペルソナを設定するとよいでしょう。
同じ景気でも、業界によってチャンスであったり危機であったりと影響は異なります。また、業界や企業によって人種が違うのかと思うくらい、人々の振る舞い、雰囲気が違います。外資系と日系ではかなり差があるものです。所属業界、企業タイプごとの傾向はまちがいなくあるので、必ず入れておきましょう。
役職はペルソナ属性情報において非常に重要です。マネージャークラスであればかなりの裁量権をもっていて稟議も通りやすい、経営者なら即決できる、係長クラスは上長の決裁がポイントなど、ポジションごとに購買可能性が異なるからです。
とはいえ、どの役職にキーマンが多いのかは、扱う商品、業界によっても変わってきます。営業現場は、一般に最初は責任者クラスにアプローチして、何回かやりとりしながら実質のキーマンを把握していきます。
ある程度の傾向は掴んでいるはずなので、ペルソナの役職も、営業からの情報をもとに最も裁量権を持っている可能性が高いポジションを設定しておくとよいでしょう。
参考までに日系企業の役職ピラミッドは以下のとおり。中小企業なら社長、大手なら部課長が責任者であり、情報収集〜現場レベルの判断は係長、社員が行います。外資系の役職名は、こちらを参照ください。
※なお、BtoBの場合、複数の人が購買に関わります。マーケティング上級者レベルになれば複数の購買グループ(DMU)を意識して、それぞれのペルソナをするとよりマーケティングの精度が高まります。
ペルソナの年齢が異なれば、活用しているメディア、SNS、ITリテラシー、新しいことへの挑戦意欲などが異なってきます。また、日本においては年齢は社内での立ち位置に影響します。
同じマネージャー職であって若くして出世した人はより立ち回りに気を使っているかもしれません。ミドルシニアであれば、DXやAIを活用したビジネスモデルへの転換がいかに重要かは理解できても、自分のIT、AIなどのリテラシー不足が気になり新規事業として手を付けにくいと感じているかもしれません。年齢を設定することでペルソナの課題を具体的につかみやすくなります。
ソーシャルスタイルとは、人の言動を「ドライバー」「エクスプレッシブ」「エミアブル」「アナリティカル」の4種類に分類して、適切な接し方を判断するコミュニケーション理論です。1968年に米国の産業心理学者デビッド・メリル氏が提唱しました。
ソーシャルスタイルがわかると、相手のスタイルにあったマーケティングコミュニケーションをとりやすくなります。マーケティング部門はもちろん、営業部門、カスタマーサポート部門、サクセス部門など顧客と直に接する部門に役立つでしょう。診断はこちら。ペルソナになりきって回答するとよいでしょう。
コミュニケーションチャネルとは、その人が持っている情報ソースです。いわゆる新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、広告などに代表されるマスコミュニケーションチャネル、近年増えてきたオンラインメディア、SNS、ブログ、そして人間関係やコミュニティなどのパーソナルコミュニケーションチャネルがあります。
業界、企業、年齢などを踏まえて上記のようなチャネルから選択します。なお、設定する際は単にSNSではなくFacebook、Instagramといったようにサイト名や媒体名を具体的に書いてください。
ペルソナは架空の人物ですが、顔写真をはることが基本です。顔にはさまざまな情報が表れます。感覚的にもうなづける話ですし、東大教授である池谷裕二氏の書籍『脳はなにげに不公平』では、顔は性格を反映することを裏づけるブリンストン大学の研究結果も紹介されています。
なので、いかにもこの職種の責任者にいそうだという顔写真を選ぶことで、実際の顧客の個性や価値観をイメージしやすくなるはずです。なお、できるだけ好感の持てる写真を選びましょう。「この人のために役立つものを提供したい」と思えたほうが、モチベーションが上がります。
無料で使える以下のSt Adobe Stoc、ACフォトほかフリー素材サイトも多いので、活用するとよいでしょう。
(出典:St Adobe Stock)
誰しも組織内に入れば、その役割に自分を合わせていくものです。総務、人事などのセクションであればバランスがとれた人材に、営業部門の長であればアグレッシブにと自ら最適化していきます。そして人間である以上、担当者の個性も判断軸に影響します。顧客インタビューの内容などをベースに、以下の項目を設定していきましょう。
顧客インタビューや営業チームなどの意見を踏まえて、典型的なロイヤル顧客の人柄をまとめましょう。ここでも信頼性の高い診断テストなどを活用するとスムーズです。おすすめは、70 年以上の歴史があり世界50カ国以上で使われている「16パーソナリティ診断(MBTI)」。
質問数は少ないのですが非常に高精度で、ソーシャルスタイルでは見えにくいバランス型タイプの内面を理解しやすくなるでしょう。BtoB顧客は初期のステージでは論理的で冷静な判断をしますが、ある程度ベンダーを絞り込んだ後は自分の価値基準を表面に出してくるため、本質を理解しようとすることは重要です。
(出典:16パーソナリティ診断)
ビジネスマンであれば、基本的に業務上の目標を達成しなければならないという心理を誰もが持っています。最低限、失敗はしたくなく、評価されたいという心理も当然あるでしょう。この2つは大きな動機なので押さえる必要があります。
米国Cintell のペルソナに関する調査では、優秀なマーケティング担当者が購入者ペルソナで使用する「上位 5 つのデータ タイプ」は次のとおりとなっています。
(出典:How Are B2B Marketers Building Buyer Personas? - Marketingcharts.com)
これまで設定してきたペルソナの企業、役職、年齢、人柄などを踏まえて「業務上の職責」「想定できる企業内の人間関係」を書いていきます。BtoBにおいては、稟議を起こして承認を経るプロセスで、複数人を説得しなければなりません。
購入を決定する部門と使用する現場が異なる場合もあります。上司、経営層、現場の社員との人間関係も大事です。全方位から評価を得られることがベストですが、一般に組織内では部署の対立は珍しくありません。反対する関係者の説得が必要な場合もあるので、そのようなイメージをもとに記載していきましょう。
ペルソナの業務上の課題とは、自社顧客の持っている最多の課題となります。その業界におけるトレンドも加味して、顧客インタビューのときに得た「どのような理由で課題に気づき、どのような成果を出したいがために自社ツールに興味をもったか」といった情報を参考にまとめてみましょう。
ペルソナのストーリーとは、ペルソナが課題に気づき、情報収集を始め、徐々に問題解決の方法を知り、興味をもってベンダーに問い合わせていくまでのストーリーのことです。
例えば、以下のような流れでストーリーを描けます。〇印のところに項目設定でまとめた内容を入れてみましょう。
基本情報:〇〇業界の企業の〇〇という役職のAさんは、〇才で社内で〇〇〇〇な立ち位置で、コミュニケーションスタイルは〇〇な特徴があります。しかし、MBTIは〇タイプで内面的には〇〇な面もあります。社内の人間関係は〇〇。日々の情報源は〇〇。ベンダーと接する際のソーシャルスタイルは〇タイプであり、好む資料は〇〇なタイプ。
ストーリー:Aさんは、最近〇〇という背景により〇〇な課題を抱えています。解決策としてGoogle検索するほか、情報ソースとして〇〇、〇〇などから情報を集めています。
各社のウェビナー、オウンドメディアの〇〇なコンテンツで課題への理解を深めながら、興味あるソリューションを発見。比較検討のために何社かベンダーを探し、Webサイトを訪問し事例などをダウンロード。自社に近い事例があるベンダーを見つけ、SNSやレビューサイトで評判を確認したうえで、問い合わせページから連絡することにしました。
ペルソナの精度を高めるには、情報ソースが複数であることがベストです。以下におすすめのソースを3点紹介します。
もっともペルソナ作成の精度を高めるのは、顧客インタビューです。前述の調査でも、ペルソナ作成プロセスにおける成功の最大の指標は、質的なペルソナ・インタビューの活用という結果が出ています。
信頼関係のできている何人かの優良顧客にインタビューを依頼しましょう。そして、業界、企業、年齢、役職、個性の特徴と、仕事上の課題、目標、人としての価値観などをヒアリングしてください。
(出典:Cintell)
営業部門やカスタマーサクセス部門は、頻繁に顧客と接しているため、優良顧客の傾向を把握しています。各部門の営業成績のよい担当者複数名から話を聞きましょう。おそらく何パターンかのペルソナについてすでに理解している可能性があります。
ヒアリングするだけでなく、ミーティングの場で顧客のイメージについて一緒に話し合いながら、「ソーシャルスタイル診断」や「16パーソナリティ診断テスト」をしていくこともおすすめです。
みんなでペルソナの気持ちになって回答を選んでいけば、いかにも存在しそうな個性あふれるペルソナの人物像が見えてくるでしょう。ちょっと違うなと思っても何度もやり直せるため、プロファイリングに非常に便利です。
一緒に協力して作成したペルソナであれば、各部門で活用される可能性が高まりますし、その後のペルソナの変化についても情報が得られやすくなります。
Web上のデータは、デジタルマーケティングを進める上で有益な情報です。自社には公式サイト、オウンドメディア、SNSなどのメディアがありますし、ウェビナーを開催することもあるでしょう。トラフィックデータを分析し、コンバージョンした顧客がどこから流入しているのかを分析し、最も有望なチャネルを把握します。
もちろん、複数のメディア、コンテンツを経由していることが多いでしょう。それはそれでコンバージョンに至らないまでも重要なチャネルと分析できます。
同じペルソナの課題も時間とともに変わります。マネージャー世代も今後はミレニアル世代からZ世代へと世代交代があります。同じ商品であってもずっと同じペルソナを設定していると、徐々に商品とペルソナのニーズとずれることがあるので、半年〜1年に1回ペースで定期的に見直すことが必要です。
また、昨今はパンデミックや災害、変動する景気、グローバルな基準に合わせた新しい法律の施行など、ペルソナを取り巻く環境の変化がめまぐるしくなっています。急に、ペルソナの優先順位が変わることもあるので、大きな環境変化があった際はペルソナを再設定することをおすすめします。
ペルソナを作成すると、顧客が本当に望んでいることが何かが見えてきます。顧客が必要な機能や、必要とするコンテンツがわかってくるので、マーケティング施策の成果が向上します。
最近、Google、Gartner、Motista が実施した調査によると、B2B 顧客は B2C 顧客よりもベンダーとの感情的な結びつきが大幅に高いそうです。マーケティングの段階から顧客を理解した情報を発信していけば、信頼関係を醸成していくことも可能でしょう。
顧客インタビュー、営業やカスタマーサクセスからのヒアリング、自社データをもとにテンプレートを活用して作成してみましょう。