コーラと聞けばコカ・コーラ、スマートフォンならApple、オンラインミーティングと言うと「それzooomのこと? 」と思う人すらいるように、誰もがイメージできるブランドを創り上げた商品・サービスは強いものです。
SaaS業界でいえばCRMやSFAならセールスフォース、マーケティングオートメーションや無料CRMならHubSpotといった感じでしょうか? 第一想起される(真っ先に思い浮かぶ)ブランドは、検討の第一候補になり、発注担当者にとっては成功可能性が高く見える、周囲からも同意を得やすい選択肢なのです。
ブランドとは顧客にとっての信頼の証。特別に優れた印象があったり、購入者に抜群の安心感をもたらしたりします。BtoC領域においては憧れの対象、自身のアイデンティを表現する存在にすらなります。
BtoBで日々営業・マーケティングに携わる方も、多くのクライアントがさほど長時間検討もせずにブランド企業、業界No.1の企業に発注決定することをご存知でしょう。
商売はクオリティの高い素晴らしいサービスを提供するだけでは、なかなか選んでもらえません。企業の大小を問わずブランド力を高めることが重要です。
とはいえ、マーケティングを意識してこなかった企業にとって、ブランドとは捉えどころがなくわかりにくい概念だと思います。本記事では、ブランドとは何か? BtoB企業が事業価値を高めるためのブランドマネジメントについて解説します。
ブランドマネジメントとは、自社もしくは自社の商品・サービスのブランドを構築し維持する経営戦略手法です。
具体的には、自社や商品を他社と差別化して、知覚価値(ブランドエクイティ)を高めるために、時間をかけて顧客のマインド内に自社ブランドの印象を残すマーケティング戦略全般をさします。
効果的なブランドマネジメントは、自社の独自性を際立たせ、顧客ロイヤリティを高め、企業利益を促進します。
ブランドマネジメントは、有形・無形のさまざまな要素で成り立っています。
(参考:investopedia.com、filestage.io)
近代のブランドマネジメントの基礎は、1931年にプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)社のNeil H. McElroy(以下マッケロイ)氏が作成した、ブランドマネージャーの「職務定義メモ」にあると言われています。
このマッケロイ氏のメモは、HP創業者のBill Hewlett(ビル・ヒューレット)氏とDavid Packard(デビッド・パッカード)氏の2人に影響を与えました。両氏がマッケロイ氏のメモに「トヨタ生産方式のカイゼン」などの考え方を取り込んだブランドマネジメントの概念は、シリコンバレーに広まっていきました。
1980年代になるとM&Aブームが起き、ブランドの資産価値が議論されるようになります。
良くも悪くもM&Aブームによって無形資産価値が有形資産価値をはるかに上回るようになり、ブランドはマーケティングの上位概念になっていきました。
この議論は、米国の経営学者David A.Aaker(デービッド・A. アーカー)氏によって、「ブランド・エクイティ(ブランドの資産価値」という概念として1994年に体系化されました。
そのため先進的な企業では、ブランドマネジメントはより長期的ゴールが重視されるようになります。
現在、ブランドの価値は資産価値として計測できるという認識が普及しています。例えば、世界最大級のブランディング企業インターブランド社は、2000年以降、毎年ブランド価値評価ランキング「Best Global Brands」を発表しています。
2021年度1位のAppleのブランド価値 4,083億ドル。SaaS企業ではSalesforce.comが38位に入っています。ただ、Salesforce.comはブランド価値増加ランキングでは第2位なので、来年度のさらなる躍進が期待できるでしょう。
「Best Global Brands 2021」1位~50位
(出典:株式会社インターブランドジャパン)
ブランドマネジメントを学ぶおすすめ本に、米国のブランド・マネジメント研究の大家Kevin. L. Keller(ケビン・レーン・ケラー)氏が書いた『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント』があります。
米国のトップレベルのビジネススクールで使われてきた原書「戦略的ブランド・マネジメント」の第4版で、日本の読者に重要度の高い内容をピックアップしたエッセンシャル版です。最新事例もアップデートされています。
ブランドをイメージでとらえるのではなく、ブランド・エクイティ(ブランド資産)を構築、測定し、維持管理するためのガイドラインが学べる良書です。
(出典:Amazon)
ここでは、なぜブランドが重要なのかについて具体的に解説します。
ブランドという言葉は幅広い要素をふくむため、識者によって定義がばらつきますが、ここでは、Philip Kotler(フィリップ・コトラー)教授の定義を紹介します。
「ブランドとは、個別の売り手または売り手集団の財やサービスを識別させ、競合する売り手の製品やサービスと区別するための名称、言葉、記号、シンボル、デザイン、あるいはこれらの組み合わせ」(出典:Globis)
このシンプルな定義をベースに、ブランドがどのような無形、有形の価値を持たらすかを考えていくとわかりやすいでしょう。
ブランドの起源は古く、新石器時代に中近東で家畜に焼印を押したのが始まりと言われます。紀元前4,000年頃には、生産者は製品に簡単な石の印章をつけはじめました。これが、次第に独自の画像を持つ粘土の印章に進化していきます。
ローマ帝国(紀元前753〜)では約1000種類の陶工のマークがあったことが確認されており、紀元前1100年頃のインドでもハーブペーストのブランドが存在し、中国でも紀元前200年にパッケージのブランドが使用されていました。
このように世界の各地で交易が始まると、生産者は自分たちの品を他者と区別したり、品質を保証したりするためにブランドを創り上げてきたのです。
なぜなら、ブランドは消費者から見れば信頼の証だからです。ブランド力のある商品・サービスは、無名の商品・サービスよりも安心でき、高品質であるという印象を与えます。
ペプシパラドックスの実験、他の心理実験でも知られるように、人は実際の好みや機能よりブランド品を高く評価する傾向すらあります。例えば、IBMやアクセンチュアのロゴが目にはいれば、サービスはもちろん、説明している人材も優秀だろうと連想されるでしょう。
また、ブランド力のある商品・サービスを持つ企業は、そのブランドの影響によって新しい商品・サービス、関連サービスの売上げを向上させることができます。革新的でこれまでにない機能を搭載した新しい商品をローンチしても、ブランド力がある企業なら期待されます。ブランド力のない無名な企業は「?」となるでしょう。
さらに重要なのは、ブランドは模倣されにくい製品差別化の手法でもあることです。商品・サービスがすぐコモディティ化する現代、競争優位性をうちだせる数少ない強力な戦略がブランドなのです。
ブランドマネジメントを行うにあたって必要なのが「ブランドエクィティ(ブランドの資産価値)」という概念です。
前述のように、ブランドエクイティとは、1980年代からマーケティング領域で議論され始めた概念であり、1990年代に米国の経営学者であるデービッド・A・アーカー氏が体系化したものです。
アーカー氏は、それまで抽象的にとらえられていた「ブランド」を、土地や店舗、不動産のように資産として定義しました。
(出典:Amazon)
2つの測定方法があり、会計の定義はブランドの財務的価値の尺度で、結果としての純追加流入またはブランドの無形資産の価値を測定します。
ベンチャー企業の経営者であれば、M&Aをかける、かけられることも想定できますので、財務的価値の測定方法(コストアプローチ、マーケットアプローチ、キャッシュフローアプローチ)も知っておくとよいでしょう。
マーケティング領域での定義では、ブランド・エクイティは、ブランドに対する消費者の愛着の強さの尺度、消費者がブランドに対して持つ連想と信念、消費者がそのブランドを獲得するために喜んで支払う、製品価値以上の価格です。一般のマーケターであれば、こちらの考え方を中心に理解すればよいかと思います。
アーカー氏によれば、ブランド・エクイティが含む資産(負債)は以下の5つです。
(参考:『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則 デービッド・アーカー (著)』、GLOBIS、日経BizGate)
一方、ブランドエクイティを高めるためのマーケティングプロセスを体系化したのが、Kevin Lane Keller(以下ケラー)氏です。
ケラー氏は、ブランドには機能的価値と情緒的価値の2ルートがあるとし、それぞれが4階層のステップをたどるブランドエクイティ構築モデルを提唱しました。
ブランドアイデンティティ(識別)→意味づけ→反応→ブランドレゾナンス(共感)という階層と、6ブロックで描かれたモデルはケラーモデルとも呼ばれます。
両氏ともブランド論の大家ですが、実務に活かしやすいのはケラーモデルだと言われます。
一見、難しい図に感じるかもしれません。でも、自分が買い物するときを思い出してみましょう。それが車であれパソコンであれ、機能面からだけではなく、マインド内では感性、心理でのブランド認知プロセスが発動しているのではないでしょうか?
機能、情緒両面のブランドマネジメントを意識することは現実的です。
ここでは、戦略的ブランドマネジメントを進めるステップを解説します。
ブランド・マネジメントの最初のステップは、該当のブランドが顧客の心の中でどのようなポジションを築けるかを考えることです。
そのためには、プロダクトの市場での現在位置を理解し、ペルソナを明確に描く必要があります。そして、自社ブランドがどのような層に、どのように認識されるべきか「コアとなるブランド連想」を決めます。
ブランドのポジショニングは、一ブランドだけの視点ではなく、統合型マーケティング( 製品全体、企業全体でブランド価値を構築する考え方)が大切です。
特にBtoBsaasは無形サービスなので、人材もブランド連想を喚起する重要な要素です。自社のミッションを社内に浸透させる、社内ブランディングも同時に力を入れていきましょう。
目標とするブランド連想が決まったら、マーケティング戦略を立案し実行します。ペルソナ、カスタマージャーニーを作成し、それぞれの顧客接点(チャネル)でどのようなコンテンツを提供するか決めていきます。
その際にブランドを構成するブランド要素を選択し、組み合わせのパターンを考え、各マーケティング施策に反映していきます。
二次的連想を呼び起こすことも重要です。他のエンティティの持つ連想と結びつくことで、ブランド連想は拡張します。
二次的連想の例:
BtoBSaaSなどの無形サービスは、顧客接点における人材もブランドを体現するので、あわせて人材(営業、カスタマーサポート・サクセス)の教育も必要です。
ブランドマネジメントを成功させるためには、ブランドエクイティを測定するシステムが必要になります。
前述のようにブランド・エクイティを測定する多様な手法があります。ただし、ブランド・エクイティが登場してからの歴史は浅いので、まだ計測システムも進化の途中と考えたほうがよいでしょう。
精度が相当に高いと評価される測定方法は存在しないのが実情です。また、専門知識が必要であったり、高額な費用が必要だったりします。
中堅、中小企業が大がかりな予算をかけずに自社のブランドマネジメントの成果を測定するのであれば、NPSやKPIでも有効です(短期指標ではなく長期的な評価をする前提です)。
前述のインターブランド社は2021年から日本の組織を対象とした「JapanBrandingAwards2021」も公表していますが、日本での選考基準を見ると成果の検証はKPIになっています。
いずれにせよ、ブランドマネジメント施策を検証し改善するためには、数値をトラックし検証し改善していく必要があります。
(参考:『エッセンシャル戦略的ブランド・マネジメント第4版-by ケビン・レーン・ケラー (著)』『ブランド論---無形の差別化を作る20の基本原則-デービッド・アーカー (著)』、investopedia.com)
ブランドの話になると、BtoBの中堅・中小企業の方は「うちの規模でブランドマネジメントなんて」といった反応をされがちです。
しかし、ブランドの大事さに企業の大小は関係ありません。ブランドとは自社や商品・サービスのアイデンティティを世に打ち出すこと。ブランドマネジメントとは、顧客のマインドの中で自社はどのような存在になるべきか、コアとなるブランド連想を明確にして、マーケティング、製品企画、広報などの部門が共通の認識をもって仕事に取り組むことです。
まず、誰に何を届けたいのか? 顧客にとって自社はどのような存在になるのが理想か? 企業や各商品・サービスの、コアとなるブランド連想を考えてみましょう。