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アンカリング効果の意味とは?ビジネスでの具体例をまじえてわかりやすく解説

行動経済学という学問の分野をご存じでしょうか? 経済学に心理学的要素を取り込み、人間が必ずしも合理的には行動しないという点に着目することで、伝統的な経済学ではうまく説明できなかった、人間の経済行動をより実質的に捉えようとする学問です。

マーケティングや営業の分野でも昨今注目が集まっている行動経済学ですが、その中でも特にシナジーが高いとされているのが「アンカリング効果」と呼ばれるものです。

この記事では、パッと聞いただけでは分かりにくいアンカリング効果について、その意味や成り立ち、特徴を解説し、どのように企業のマーケティングや営業活動に活かせるかを紹介していきます。

アンカリングの意味と語源

「アンカリング」とは、人間がものごとを判断する際一番最初に受け取った情報の一片(アンカー)に、その判断を大きく影響されてしまう心理現象を指します。

アンカー(Anchor)とは英語で「錨(いかり)」のこと。船が錨をおろすと水上の一定範囲にとどまるように、人間は脳の性質上、最初に手にした情報が錨(いかり)のように基準となり、どうしてもその後の判断が引きずられてしまうのです。

語源:

  • アンカー(Anchor)=錨(いかり)
  • アンカリング=錨をおろして、船舶を係留すること

例えば、「通常1万円のところを、この3日間のみ5000円でご提供!」という表示があると5000円が非常に安く感じます。これは最初に得た1万円という情報が「アンカー」となるためです。

日常生活でもビジネスシーンにおいても、私たちの判断はアンカーが何かによって大きく影響されます。アンカーは多くのケースで数値情報ですが、意味情報のときもあります。また、外部刺激がない場合は、本人の知識に起因する自己発生アンカリングが起こることも研究されています。

アンカリング効果とは?

(出典:HubSpot)

アンカリング効果は「アンカリング・バイアス」とも呼ばれ、「認知バイアス」のひとつです。認知バイアスとは、人間が物事を判断する際に、直感やそれまでの経験にもとづく先入観などが原因で、非合理的な判断をしてしまう心理現象のことをいいます。

認知心理学や社会心理学の分野で研究されていて、人間がその脳の性質上犯してしまいやすい間違いと言われます。

アンカリング効果に関する実験

「アンカリング」という言葉を最初に使用したのは、精神物理学者であるMuzafar Sherif(ムザファー・シェリフ)氏、Daniel Taub(ダニエル・タウブ)氏、Carl  Hovland(カール・ホブランド)氏でした。

アンカーの数値が予想値に及ぼす影響についての実験

彼らが1958年に行った研究は、被験者にある物体の重さを予想させるというものです。予想の際に「アンカー」と呼ばれる数字を意図的に提示することで、予想値がその数字に近づくかどうかを調べたのが始まりとされています。

アンカリング効果についてはその後も研究がなされ、認知バイアスに関する研究の第一人者であるAmos Tversky(エイモス・トベルスキー)氏とDaniel Kahneman(ダニエル・カーネマン)氏は1974年、「不確実性下における判断 ヒューリスティックスとバイアス」という論文を発表しました。

このリサーチは高校生の集団をふたつのグループに分け、グループAには「1×2×3×4×5×6×7×8=?」という問題を、もうひとつのグループBには「8×7×6×5×4×3×2×1=?」という問題を、それぞれ5秒で答えさせるというものでした。

じっくり時間をかけて計算すれば、どちらの問題も答えは「40320」です。しかし5秒しか時間がないので、よほど暗算が早くない限りほとんどの生徒は答えを「予想」するしかありません。これがこのリサーチのポイントです。

結果、グループAの平均予想値は「512」、グループBの平均予想値は「2250」と、どちらも不正解なことはさておき、両者の答えには大きな差が生まれました。なぜでしょうか?

(出典:Nielsen Norman Group)

トベルスキー氏とカーネマン氏は、このリサーチで「(例えそれが誤ったものでも)人は最初にインプットされた情報に大きく左右された判断をしてしまう」という仮説に確信を持ちました。

つまり、最初のグループAは「1、2、3……」と小さい数字がアンカーとなり、小さい予想値を答えたのに対し、グループBは「8、7、6……」と大きい数字がアンカーとなったことで、予想値も大きくなったのです。

音量の感じ方とアンカリング効果

米国の行動経済学者Elder Shafir (エルダー・シャフィール)氏、Robin Ruboff(ロビン・ルブフ)氏らは、ものの長さ、重さ、音の大きさなど正確な数値がわかりにくい物理的刺激に対するアンカリングの実験をしました。

いずれの実験でも、比較的小さい物理的アンカーをもとに同じ値を推定した人は、比較的大きいアンカーをもとに推定した人よりも低い推定値を予測しました。前項の数字の予測の実験と同じように、アンカーにより近い値を予測したのです。このことから、物理的刺激もその後の判断に影響するアンカーになると指摘されています。

「数値情報」と「意味情報」のアンカリング効果の違い

日本の成城大学は、アンカーとして数字を提示する場合と、数字を提示せず意味的情報のみを提示する場合とで、アンカリング効果の強さを比較しました。

その結果、数字を提示した場合に比べると、意味情報のみを提示した場合にはアンカリング効果の強さは微小であるという結果が出てました。アンカリング効果において、数値情報がより重要な役割を果たしていることがわかります。(参考:CiNii(NII学術情報ナビゲータ[サイニィ]

ビジネスシーンでのアンカリング効果

アンカリング効果は、ビジネスの交渉においても大きな影響を及ぼします。

HubSpotは、「交渉におけるアンカリングとは、最初に提示された金額などの情報が交渉全体における判断の基準となることを指す。特に営業においては初回提示価格などがアンカーポイントとなりやすい」と語っていますが、これは研究によっても検証されています。

アンカリング効果は、人が新しい情報を入手するときに発生しやすく、人はまず最初に手にした情報をアンカー(つまりはベンチマーク)とします。そして、その後に入手する情報は全て「最初の情報と比べて良いか悪いか……」と、アンカーを基準に考えてしまう傾向があるのです。

例えば、あるソフトウェアに対する価格交渉中、最初にオファーされた金額が高かったとしても、その金額はアンカーとして買い手の心理に深く刻まれます。

その後、値引き額がオファーされていくにつれ「元の金額(アンカー)から〇〇円も安くなったぞ。ここら辺が落とし所かな……」と判断し交渉を成立させたとしましょう。

良い交渉ができたと思い、その後何気なく同様のソフトウェアの相場を調べてみると、成立した金額は相場の1.5倍ほどだったということも……。これがアンカリング効果です。

心理学としてのアンカリング効果

アンカリング効果については、心理学領域でさまざまな側面から研究が進んでいます。

アンカリング効果に影響される人、されにくい人

 

世界的に信頼度の高い性格特性テスト「Big5(ビッグファイブ)」による性格分類とアンカリングに対する感受性の相関を調査した研究では、以下の傾向がわかりました。

  • 協調性、誠実性、神経質性が高い:アンカリング効果の影響を受けやすい
  • 新しい経験に対する寛容性と協調性が高い:同上
  • 外向性が高く、経験に対するオープンさが高い:アンカリング効果の影響を受けにくい

否定的な感情でいるとアンカリング効果を受けにくい

同じ人でも、ポジティブな感情とネガティブな感情のときでは、アンカリング効果の影響を受ける度合いが変わります。

意思決定者がポジティブな感情状態で質問を判断するときは、物事の表現情報に大きく依存します。

一方、意思決定者が否定的な感情状態で質問を判断する際は、より多くの情報の思考処理を行い、より合理的な決定を下すという傾向がわかりました。つまり、ネガティブな感情のときはアンカリング効果を受けにくくなります。

例えば、購買担当者であれば、対象の商品を検討する際に否定的な感情が強いほど客観的判断ができるということになるでしょう。(参考:semanticscholar.orgNational Library of Medicine

アンカリング効果と似ている他の認知バイアスとの違い

(出典:SlideShare)

ここでは、アンカリング効果と似ている認知バイアスについて紹介します。

アンカリング効果とフレーミング効果の違い

フレーミング効果は、情報のフレーム(枠組み)が人々の判断や意思決定に与える影響の効果です。フレーム=情報の提示方法や文脈の枠組みです。語源は英語のframe。この理論も、トベルスキー氏とカーネマン氏によって研究されました。

2人は、1981 年に死にいたる病気になった600人を対象に、異なる表現で2つの治療法を選択してもらい、フレームが参加者の反応にどのような影響を与えるかを調査しました。

 

その結果、人は、選択肢が肯定的に提示されるとリスク回避的な選択をする傾向があり、否定的な枠組みが提示されると、より損失を回避する選択肢を選択する傾向があるとわかりました。

大きな決断をせまられるシーン以外でも、フレーミング効果による意志決定への影響は、以下のように日常生活のいたるところで見ることができます。

  • A:宝くじの1等が当たる確率は1000万分の1
  • B:宝くじ1等が当たる確率は0.00001% → Aより当たらなそうに感じる
  • A:1日あたり200円程度のコストアップです
  • B:年間のコストは73000円ほど上がります  → Aより高く感じる

このように情報の提示方法(フレーム)を変えると印象が大きく変わることをフレーミング効果と呼びます。

【2つの違い】

  • アンカリング効果→最初に受け取った情報が、後々の判断に影響し続ける効果
  • フレーミング効果:同じ情報のフレーム(表現方法や文脈を変える)ことで、相手に異なる印象を与え判断に影響を及ぼす効果

アンカリング効果とプライミング効果の違い

朝のテレビ番組で話題のカレー店が紹介されていると、お昼ごはんについカレーを選んだ経験はないでしょうか? このように「ある先行する刺激が、次の意志判断や行動に影響を与える効果を「プライミング効果」と言います。

テレビCMやポスターなどの影響はもちろん、会社に掲示されている標語など、言葉に限らず、さまざまな先行情報が無意識レベルで私たちの判断や行動に影響を与えています。

例えば、以下は缶コーヒー「ジョージア」のCM。さわやかなビジネスマンがほっと一息つくときに手にするシーンを何となく目にしていると、コーヒーを買う際にジョージアを手にとってしまう人もいるでしょう。

(出典:YouTube

プライミング効果はすぐ影響するケース、時間をかけて刷り込まれ効果を発揮するケースがありますが、いずれも非常に広い範囲への影響力があります。また、プライミングには、さまざまな種類があります。以下はその一部です。

  • 言語プライミング: 特定の言葉やフレーズが提示されると、その言葉に関連する概念やアイデアが活性化され、後続の判断や行動に影響を与える。
  • 視覚プライミング: 笑顔の表情が見せられるとポジティブな感情が引き起こされるなど、特定の視覚刺激が、その後の感情・行動に影響を与える。
  • 音響プライミング: ハッピーな音楽が流れるとポジティブな感情、行動を誘発するなど、特定の音が関連する感情や記憶を呼び起こして行動や判断に影響する。

【2つの違い】

  • アンカリング効果→最初に受け取った情報が、後々の判断に影響し続ける効果
  • プライミング効果→無意識のうちに刷り込まれていくイメージや情報に判断が影響する効果

アンカリング効果の特徴とマーケティングへの応用

ここではアンカリング効果が人の判断に及ぼす影響の特徴を解説した上で、マーケティングに活かせるポイントを説明します。

避けることが難しい

(出典:SimplyPsychology)

アンカリング効果は、避けることが非常に難しいとされています。これは他の認知バイアスでも言えることですが、人間の脳が「ヒューリスティクス」と呼ばれる思考プロセスを用いて問題を解決しようとする特性をもつためです。

心理学におけるヒューリスティクスとは、脳に負荷のかかる複雑な問題に直面したとき、自身の経験や直感、その場で入手可能な情報などを用いて、簡潔に素早く処理しようとするプロセスのことです。意思決定のための「思考のショートカット」とも呼ばれます。

このヒューリスティクスがアンカリング効果を引き起こす事例でわかりやすいのが、「ガンジーの享年」です。

ドイツの大学生を対象にした研究で、グループAには「ガンジーは9歳より長生きしたでしょうか? 」という質問を、もう一方のグループBには「ガンジーは140歳より長生きしたでしょうか? 」という質問をしたのち、両方のグループに「ではガンジーは何歳で亡くなったでしょう? 」という質問をします。

ガンジーが亡くなったのは78歳ですが、それを正確に知っている人は少ないため、やはりここでも脳は限られた情報の中から正解を「予想」しようとします。

(出典:pixabay.com

ガンジーといえば上図のようなおじいさんの写真が印象的です。なのでグループAは「さすがに9歳よりは長生きしただろう」と、グループBは「140歳よりは前に亡くなっているだろう」と、それぞれ与えられた年齢を基軸(アンカー)とし、そこから自分の予想をなんとか調整しようとします。

結果、グループAの平均予想値は50歳、グループBの平均予想値は67歳と、この研究でも与えられた情報によって判断に偏りが発生してしまいました。

ヒューリスティクスはいわば、人間が進化の過程で何万年もの年月をかけて身につけた武器です。「明日から意識して使わない」というものではないため、アンカリング効果も同じく避けることが難しいとされています。

企業がマーケティングを行う上では、ターゲットがアンカリング効果を避けるのが難しいというのはプラスに働きます。どのような情報をアンカーとして提供したら、自社の望む印象をターゲットに抱いてもらえるのか、模索する上での指針になるのではないでしょうか?

アンカリング効果の持続性

非常に避けづらいアンカリングの効果ですが、実はその効果の持続性は長いとされています。

ロンドン・ビジネススクール教授であり心理学者のThomas Mussweiler2001年の研究で、アンカリング効果は非常に強力かつ堅牢なものであり、一度心理にアンカーとしてセットされた情報の効果はたとえ時間が経ったとしても薄れるものではない、と述べています。

この研究では、被験者にある意思決定に関するアンカーとなる情報を与えたのち、あるグループにはすぐに判断を促し、もう一方のグループには1週間後に判断をするように指示をしたものでした。その結果、驚くべきことに両者の判断は概ね同じような結果を残したのです。

もちろん、1週間の間にどのような情報に触れたかで結果に多少のズレは生じましたが、基本的に一度ある情報がアンカーとしてセットされると、それ以降に入手する情報はアンカーを支持(もしくは調整)する情報、もしくは判断に対して小さな影響しか及ぼさない情報として処理されてしまう、ということがこの研究によりわかっています。

マーケティングの観点で考えると、これは良くも悪くも「第一印象を覆すのは非常に難しい」という風に言い換えられます。アプローチの初期段階では、いかにして好印象のアンカーを植え付けられるのか、ということが求められるでしょう。

集団への効果

アンカリング効果は個人に対しても発生しますが、集団に対しても大きな効果を発生させます。

そもそも人間は、主に集団行動をとる生き物ですから、集団においても認知バイアスが発生しやすい傾向があります。

有名なものは「内集団バイアス」「外集団バイアス」と呼ばれるものです。これらは自分が属する集団を「内集団」、それ以外の集団を「外集団」と定義し、自分の集団が多くの点で「正しい」もしくは「良い」と認識するという心理的傾向です。

内と外を差別する閉鎖的な環境は、集団内の情報の偏りを作りやすくします。このような状況下にアンカーとなる情報がもたらされると、個人の場合と同様もしくはそれ以上に非合理的な判断を集団で行ってしまうこともあります。

例えば、かつて世界のフィルム産業を牽引していたコダック社ですが、カメラのデジタル化が進む中でその波に乗り切れず、2012年に破産法を申請し、フィルム産業からの撤退を宣言することとなりました。

その背景には、当時画質を後回しにし手軽なインスタント性を重視した、デジタル化に対する企業としての拒絶があったのかもしれません。

マーケティング的な目線であれば、例えば自社を「高価格・高品質」と位置付けている企業に対して、その企業文化に沿うような情報を一番最初にオファーすることで、その企業全体からの信頼を勝ち得る大きなきっかけになることも考えられるでしょう。

アンカリング効果活用《日常例》

アンカリング効果をねらったマーケティングやアプローチは、日常生活のさまざまなシーンで見ることができます。

(日常例①)セール価格

コンビニやスーパーでは、198円、298円、999円といった価格表示に目がつきます。398円のお弁当よりおかずが1品多い400円のお弁当のほうがお得かもしれませんが、つい1〜2円の安さを過大評価してしまいます。これは、研究の結果、最初の数字のケタがアンカーとして機能するからだとわかっています。

 

 

例えば、198円という価格は1がアンカーとなり、200円という価格は2がアンカーなります。また最初の桁は価格測定のアンカーにもなるそうです。2021年にオハイオ州立大学の研究者グループが、最初のケタの数値をそれぞれ値上げして同じケタにした場合売れ行きがどう変わるか、実験を行いました。

(値上げ前)

0.95ドルの小さなカップのコーヒーVs.1.2ドルの大きなカップコーヒー

大きなカップを選んだ人は29%

(値上げ後)

 1 ドルの小さなカップのコーヒーvs. 1.25 ドルの大きなカップのコーヒー

大きなカップを選んだ人は56% 

(日常例②) 時間

例えば、ディズニーランドで「3時間待ち」という標識がされているアクティビティで待ち時間が2時間だったら「ラッキーあまり待たずに済んだ」と感じます。

一方、同じ人が、吉野家で牛丼が5分たって出てこなかったら、機嫌が悪くなるかもしれません。吉野家は決して何分で出しますと明言はしていませんが「安い、早い、うまい」を打ち出していますし、その人が日頃体験しているスピードがアンカーになるからです。

電車が人身事故で止まったとき、復旧に30分かかりますとアナウンスがあって15分で復旧したら「よかった」と感じる人は多いのではないでしょうか? 「さすがに対応スピードが速い」と感心するかもしれません。

しかし、10分で復旧しますというアナウンスがあってさらに5分延長した場合、同じ15分で復旧しても電車内には険悪な雰囲気がただようことでしょう。人がどの程度待ち時間を許容できるかも、事前のアンカーが大きく影響します。

(日常例③)高い年収表示

最近はあまりなくなりましたが「年収1000万円可能」などというキャッチコピーで人々を惹きつけながら、実際には社員の1%くらいしか該当せず、大半は低年収という求人をだす企業がありました。ここまでベタな例でなくとも、以下のような求人だとやはり、ぱっと見年収が高い企業に目がいくのではないでしょうか?

例:  A社:年収700万週休1日 残業代含む

B社:年収500万週休2日 残業代別途支給 

しかし、休みは週1日であり残業代込みなので、実際はBよりさほど高収入ではないかもしれません。B社は残業代をしっかり払うホワイト企業であり、実質年100万円ほどプラスされるかもしれません。それでもパラパラ求人サイトを見ていると年収の高い企業に目がいってしまうのが人間の性なのです。

アンカリング効果活用《ビジネス例》

アンカリングは、ビジネスシーンでも価格表示に際して有効活用されています。

初回提示価格と値引き

(出典:楽天証券株式会社

BtoC、BtoBビジネスに関わらず、上図のような値引き額を強調する価格提示はよく見かけます。前項「アンカリング効果とは?」で紹介したソフトウェアの価格交渉の例もそうですが、まず元となる価格を提示した上で、そこからの値引き額を提示するという例です。

このような広告を見た受け手は、まず元の価格をアンカーとして捉えます。この場合、旧手数料の360円です。前情報としてあらかじめこの製品の相場を把握していない限り、「この製品の本来の価格はこれくらいなんだ……。」と捉えるわけですね。

アンカリング効果がうまく発生していると、受け手は値引き後の価格を見て「元の価格よりもこんなに安くなっている。お得だ。」と感じてくれるでしょう。

実際、よく見ると値下げ後の価格は、右隣のSBI証券とまったく同じなのですがアンカーは360円なので、あまり他社の印象は残らず、総じて安くなったことだけが記憶に残るでしょう。

このとき、元の価格や値引き後の価格が同等製品の相場と比べて妥当であるかどうか、という難しい判断は、先に説明したヒューリティクスによって後回しにされ、「通常よりも安く購入できる」という印象がより強く残ります。

特にBtoB企業の商談においては、製品購入時にいかに値引きをさせたかという事実は、購買担当者の社内での評価アップにも繋がります。マーケティングや営業担当者は、価格交渉時に初回提示額を高めに設定することがポイントです。

月額価格と年額価格

(出典:freee

上図のような価格提示を見たことはないでしょうか? 特にSaaS系のサブスクリプションサービスなどでよく見かける価格提示の手法で、月額価格を提示し、それよりも安い年額価格を提示するという例です。

例えば、ミニマムプランだと1カ月単位での契約時の金額(2,680円/月)の上に、1年単位で契約した場合の金額(1980円ル/月)を提示しています。このような価格提示をすることで1年単位の金額は「1カ月単位の金額に比べてかなりお得なのか……。安いな。」と感じさせることができます。

1年単位の契約の総額である2万3760円が小さめに提示されているので、1カ月単位の金額がアンカーとして刺さっている受け手にとっては、年価格がこのサービスの相場や自社の予算と比べてどれほどであるかという問題の重要度が下がっています。

もちろん1年を通して安定した契約を結ぶ方がメリットが大きいため、意図的に1年契約へ誘導する仕組みになっていますが、SaaSの場合、売り手としては1カ月でも契約が取れれば悪くはありません。使い始めてもらうことが大事です。

この手法の大きなポイントは、月額価格をアンカーとして提示した上で年額価格を並列で提示し、選択肢を2つに絞ることで、受け手に「すぐ止められるけど高い月額か、長期間だけど安い年額か」で悩ませ、隠れた選択肢3「どちらも契約しない」を意図的に潰している点です。

価格知覚の操作

自動車のショップなどで、そのショップが取り扱う最高級車(恐らくは最も販売数が少ない車)が一番大々的に展示されているのを見たことはないでしょうか? 「販売数が多いモデルを展示すればいいのに……。」と感じるかもしれませんが、実はこれもアンカリング効果を狙ったマーケティング手法のひとつです。

先に説明した初回提示額からの値引きに似ていますが、例えば先に100万円の普通車を見てしまうと、単純に「このスペックでこの金額は高いな……。」と感じてしまうかもしれません。

ところが先に1000万円の最高級車を見てから同じ100万円の普通車を見たらどうでしょうか? 「1000万円の車は格好いいけどさすがに手が出ない、けれど同じ憧れのメーカーの100万円の車なら買いたいな。」となるかもしれません。

BtoBビジネスにおいても同様の手法が取れます。自社がもつ最高品質かつ最高価格の製品やサービスを前面に押し出すマーケティング・営業の手法をとって、その品質やこだわりについて買い手の共感を先に得ることができれば、その共感が買い手にとってアンカーとなります。

買い手の共感と信頼を勝ち取った上で価格や機能を抑えた製品をオファーすれば、「このメーカーの製品であれば」と購入を検討してくれる可能性が上がるかもしれません。

コア・バリューを押し出す

(出典:Venture Harbour)

マーケティングにおいてアンカリング効果を狙うには、なにも製品の価格操作だけがすべてではありません。製品のコア・バリューを前面に押し出すという手法も非常に重要です。

前項で紹介した自社の品質やこだわりを押し出すという手法にも似ていますが、買い手が自社製品を購入することで手にする「価値」を分かりやすく訴えかけることで、それに共感する層の、自社に対する信頼を得ることができます。

上図はBtoCの例ですが、この広告を最初に見た買い手は、Galaxy Note8を購入することで、これまで小さい画面ではできなかったさまざまなことが、その大きな液晶画面なら実現できる、ということを思い浮かべるでしょう。

この広告を見て「もっと規模の大きな作業を行いたい」と強く共感した買い手は、その後他社の製品を検討する上でも「Note8と比べて良いか・悪いか」で判断をすることになります。よほどのことがない限り、Note8が候補から外れることはないでしょう。

BtoBにおいても、例えば生産性のアップ、マネジメントの強化、組織の効率化など、ターゲットとする企業のコア・バリューが何であるのかを正確に把握し、それに対してアンカーを打ち込めるようなマーケティング施策を打ち出すことが出来れば、製品の受注率アップのみならず、ファンを増やし自社のブランド価値を高める効果も望めるかもしれません。

アンカリング効果を実践で使うための手順

ここでは、アンカリング効果を踏まえて、SaaS企業が自社の価格プランを設定する際の手順を紹介します。

  1. 市場調査と基準価格の把握
  2. 自社の商品・サービスの適正価格を設定する
  3. アンカーとなる要素を検討する

市場調査と基準価格の把握

まず、業界内の標準価格の調査です。同業他社のサービスや料金体系についてリサーチし、市場ではどのように、いくらくらいで売られているのかについてもリサーチします。

SaaS業界のように価格プランを公開する企業が多い業界であれば、公開している情報から他社価格をつかむことができます。また、営業現場は、他社の見積もり提示額を押さえているはずなので、直近の価格動向を押さえましょう。

自社の商品・サービスの適正価格を設定する

競合他社の価格や類似商品の価格を把握することで、一般的な価格の範囲を把握したら、自社サービスの適正価格を設定します。もちろん、すべて同じ機能の商品ではないので、他社の価格を参考に、追加の機能やサービス等を調整し、差別化しましょう。

さらに、フリープラン価格にバリエーションを持たせます。中でももっとも勧めたいプランがスタンダードプランになるでしょう。その場合、一般にライトプランよりかなりお得であり、高価格プランを依頼しなくても、多くの企業が十分な成果を得られる機能と価格のバランスにするとよいでしょう。

アンカーとなる要素を検討する

どのようにアンカーをかけていくのかについて、金額や表現方法を考えます。

  • 月額表示と年額表示の差を検討
  • 複数の価格プランの中でアンカーと標準価格(おすすめ価格)プランを決める

表示については、一般の業界であれば、商品の価格を高いものから安いものへと並べて高価格商品をアンカーとします。しかし、SaaS業界は売り切りモデルでなく継続課金型ビジネスモデル。まず使い始めてもらうことも重要なため、最初に視点がいく左側にフリープランもしくは最安値プランを提示するとよいでしょう。

その上で、プランの中での中央にある標準価格を目立たせる工夫をしています。月額価格と年額価格を比較して、年価格の安さを強調します。

例えば、以下は、Salesforce社のSalesCloudの価格です。この価格プランは左側に3000円というプランが、右端の3万6000円がありますが、「最も利用されています」という文字を目立たせているため瞬時に1万8000円に目がいくでしょう。

そこから3000円という安い価格、3万6000円という高い価格に目がいくため、自然に1万8000円が妥当な感覚になります。この「最も利用されています(黒字)」の箇所を指で覆って見えないようにしてみましょう。3000円が魅力を放ってくるのではないでしょうか?

(出典:Salesforce)

アンカリング効果を活用する際に気を付けること

アンカリング効果がマーケティングに有効活用されており、今後も効果があることはたしかでしょう。しかし、使い方を誤ると効果が出なかったりマイナスイメージを持たれることもあります。以下の点に注意しましょう。

商品・サービスによって効果の程度が変わる

アンカリングは、購入する側が商品の機能や価格についてあまり情報をもっていない場合、購入する時間が短い場合に特に効果を発揮します。

一方、詳しい商品・サービスだとそれほど効果が高くなりません。例えば、最近のパソコンは国内海外製いずれも低価格でも十分な機能のある商品がそろっています。どのようなパソコンがおすすめかの情報もネット上にたくさんあるため、消費者は前もって自分にあう手頃な機種と値段を前もって調べることができ、アンカリング効果は効きづらくなっています。

SaaS業界も、近年はコモディティ化しています。顧客が同様のソフトウェアやサービスを利用することが多く、顧客は価格や機能について比較することが容易です。また、業界全体の価格プラン、相場はすでに知られています。

BtoB市場はそもそも衝動買いが存在しない世界。担当者は時間をかけて情報を集めて検討するため、BtoCと比較するとアンカリング効果は限定的になります。

違法な二重価格表示はしない

消費者庁のガイドラインでは、二重価格表示をする際の取り決めが記載されています。

SaaS業界の場合「過去の価格との比較」「競合商品との価格」を比較するケースが多く見られますが、その際は違法な二重価格表示にならないように注意しましょう。

例えば、自社の過去の販売価格と比較する場合でも、「同一の商品について最近相当期間にわたって販売されていた価格」を比較対照価格とする場合は、不当表示に該当するおそれはありません。

しかし、過去の価格について正確な表現がない以下のケースは不当表示となります。

 

✖同一ではない商品の価格を比較対照価格に用いて表示を行う

✖比較対照価格に用いる価格について実際と異なる表示やあいまいな表示を行う

✖同一の商品について「最近相当期間にわたって販売されていた価格」とはいえない価格を比較対照価格に用いる場合には、当該価格がいつの時点でどの程度の期間販売されていた価格であるかなどその内容を正確に表示しない限り、不当表示に該当するおそれがあります。

(出典:消費者庁

 

また、競合する企業との販売価格を比較対象とする場合、以下のケースは不当表示となる可能性があります。

✖消費者が同一の商品について代替的に購入し得る事業者の最近の販売価格とはいえない価格を比較対象価格に用いる場合には、不当表示に該当するおそれがあります。

✖市価を比較対象価格とする二重価格表示については、競合関係にある相当数の事業者の実際の販売価格を正確に調査することなく表示する場合には、不当表示に該当するおそれがあります。

(出典:消費者庁

ネット上では古い情報も多く混在していますので、比較表などを作る際はうっかり「景品表示法違反」にならないように注意しましょう。

商品・サービスの価格認識に影響がある

長期間のアンカリングは「当たり前」になります。例えば、常にセールを行っている店はあまり信頼されなくなるかもしれません。BtoBでも業界の慣行で値引きが当たり前になっていれば、見積もり段階で値切ることがデフォルトになるでしょう。

また、BtoBはもともとコストパフォーマンスだけでなく、提供される機能・サービスの信頼性、安全性を重視する傾向があるので、あまりに露骨なアンカリング効果を狙ったマーケティングを行うと、信頼を失ってしまうでしょう。

まとめ

「認知バイアス」と聞くと、人間が陥りやすい思考の欠陥といったマイナスのイメージを持ってしまうかもしれません。しかし、「直感や感情によって合理的な判断が歪む」というのは行動経済学において人間が有する自然な性質であり、マーケティングや営業において重要となる「共感」もそうした人間の特性があるからこそ発生するものです。

今回紹介した「アンカリング効果」ひいては行動経済学について理解を深めることで、買い手の感情に寄り添ったより効果の高いアプローチが期待できます。ぜひ自社のマーケティング・営業の活動に取り入れてみてください。