バリュープロポジションとは、企業が顧客へ提供すると掲げる顧客価値のことを指します。
SaaSのような業界は、あっという間に類似ツールが出てくるため差別化が難しい業界のひとつです。しかし、その中で独自の価値を強調できているSaaSは少なくありません。
市場において、自社の商品の価値を打ち出すには、顧客視点で自社の商品、競合他社の商品を捉えることが重要です。バリュープロポジションを導き出す有効なテンプレートはWebで無料公開されています。
上手に活用することで、バリュープロポジションを明確にすることができるでしょう。本記事では、バリュープロポジションの作り方、各種テンプレートのデザインと使い方をわかりやすく解説します。
バリュープロポジションとは、顧客に求められ、競合他社では提供できず、自社だけが提供できる価値のことです。いわゆるオンリーワンの価値です。
バリュープロポジションは、1988年に米McKinsey & CompanyのMichael Lanning(マイケル・ラニング)氏とEdward Michaels(エドワード・マイケルズ)氏の論文『ビジネスは価値提供システムである』で使用されたことがきっかけで世にでてきた概念です。
当時の定義は「企業が顧客に対して提供する利益(有形・無形を問わず)を、各顧客セグメントの価格とともに、明確かつシンプルに記述したもの」でした。
現代の一般的な解釈は、「特定の商品またはサービスを購入することによって顧客が受けるメリットを明確に特定するステートメント(声明文、文章)」です。
バリュープロポジションは、事業の提供価値のコアとなるコンセプト、アイデンティティです。組織の内外で伝達されるすべてのメッセージの一貫性を確保するための青写真として、使用されます。
そのため、ときに「ミッションステートメント」「スローガン」「タグライン」などと似たメッセージになり混同されがちですが、この4つにはそれぞれ異なる目的、意味があります。
ミッションステートメントとは?
「mission(ミッション):使命」という単語からもわかるように、ミッションステートメントとは「組織として使命だと思っていること」を企業視点で説明したものです。
一方、バリュープロポジションは顧客視点で「なぜ顧客があなたを選ぶべきなのか」を提案するものです。両者は視点が異なります。
スローガンとは、マーケティング領域において特定の商品を販売するためのマーケティング活動で使用する、短くてキャッチーなフレーズのことです。広告、企業のWebサイトなどで使用されます。
スローガンは、顧客を惹き付けてブランドのことを覚えてもらい、特定の顧客行動を促すために設定するので、一般にバリュープロポジションよりも短く洗練されたフレーズになります。また、キャンペーンの目的ごとに異なる表現になります。
「タグライン」とは、企業やブランドのアイデンティティやポジショニングを表す短いフレーズです。一般的には、ブランド名やロゴの近くに添えられる言葉です。
バリュープロポジションは、事業戦略やマーケティングの核となるものです。バリュープロポジションを明確にすることで、他社が真似できない強みに磨きをかけ、商品企画、マーケティング、サービス、組織カルチャーなどで競争上の優位性を持つことができます。
バリュープロポジションを作成するには、顧客視点で自社の価値を考える必要があります。以下のチェックリストやバリュープロポジションキャンバスを活用すると、顧客視点になれているかが確認できるでしょう。
以下はSmartsheetによって無料提供されている、バリュープロポジションの作成のうえで自問すべき12の項目です。内容がすべて理解できていると、バリュープロポジションをまとめることがスムーズになるでしょう。
バリュープロポジションを作成するためのチェックリスト |
|
対象となる顧客は誰ですか? |
|
顧客があなたの商品やサービスを購入する理由は何ですか? |
|
その商品やサービスは何を行うのですか? |
|
その商品やサービスを使用するとどんな感じですか? |
|
特徴は何ですか? |
|
顧客の購入の背後にある、理性的および感情的な動機は何ですか? |
|
顧客の隠れたニーズは何ですか? |
|
その商品やサービスを使用することによる顧客ベネフィットは何ですか? |
|
その商品やサービスへの切り替えには何かリスクがありますか? |
|
顧客は現在、その商品やサービスが解決できる問題を、どのように解決していますか? |
|
あなたの商品やサービスが提供するユニークな差別化要素は何ですか? |
|
そのユニークさの価値は何ですか? |
[参考]Free Value Proposition Templates | Smartsheetをもとに作成
「バリュー プロポジション キャンバス」とは、Strategyzerの創始者であるスイスのAlexander Osterwalder(アレクサンダー・オスターワルダー博士)が開発した、商品と市場の適合性を確認するためのフレームワークです。顧客視点での商品価値と自社が提供している商品とのずれ、ギャップを浮き彫りにできます。
同じくアレクサンダー氏が開発した「Business Model Canvas(ビジネスモデルキャンバス)」とともに、世界の国々で活用されています。
具体的には、右側の円にCusotmer Profile(顧客の課題・ニーズ)の3要素、左側の四角の図にValue Map(自社が提供できる価値)の3要素を埋め込みます。
顧客視点で埋め込んだ円内の内容と、企業視点で埋め込んだ四角内の内容を対比させることで、顧客ニーズと自社商品・サービスの価値のずれが明らかに。商品やサービスが顧客の価値やニーズを中心に位置づけられているか確認するのに役立ちます。
なお、バリュープロポジションキャンバスは、ほかのビジネスコンサルタントや起業家などが、6要素の内容を多少変えたバージョンのテンプレートを出しています。
バリュープロポジションの作成方法にルールはなく、さまざまなアプローチがあります。ここでは、バリュープロポジションを導き出すシンプルな5種類のテンプレートとその使い方を説明します。
元GoogleのSteve Blank(以下 ブランク)氏が、開発したフレームワークです。シンプルで明確なバリュープロポジションを導き出すのに役立つ優れたツールです。バリュープロポジションを導くフレームワークは、一般に複雑ですがこのフレームワークを活用すると、最終的な出口を見失わず、必要以上に迷わず、顧客価値を考えられるでしょう。
X=お客様
Y=お客様が望むこと(ニーズの充足、ペインの解決など)
Z=自社の商品・サービス
が入ります。
たった3項目を書き込むだけで、顧客が直面している課題やニーズを把握し、それに対してあなたの企業や商品がどのような価値を提供するのかを、簡潔かつ効果的に伝えることが可能です。無料ダウンロードできます。
(出典・ダウンロード:smartsheet)
ITSMA (Information Technology Services Marketing Association)が推奨しているテンプレートです。以下8項目を整理してステートメントにします。
完成構文のイメージ:
○○○を必要とする○○○なお客様のために、当社は○○○ができる○○○を提供します。○○○な他サービスとは異なり、当社は○○○によって○○○な○○○を提供します。
こちらも無料ダウンロードできます。
(出典・ダウンロード:smartsheet)
ハーバード ビジネス スクールでは、価値提案を特定するために 3 つの重要な質問を推奨しています。
・どんなエンドユーザー?
・チャネルは?
・どの商品?
・どの機能?
・どのサービス?
・プレミアム価格
・割引価格
※どのような価格が、顧客にとって受容可能な価値を提供でき、会社にとって受容可能な収益性をもたらすのか?
上記の質問にあらかじめ回答を出すことで、誰を支援しているのか、どのように支援しているのか、なぜ自社のサービスに利点があるのかが明確になります。これらはバリュープロポジションを作成してチームに配布したり顧客と共有したりする前に、明確にしておくのに役立ちます。
(参考:Harvard Business School)
(出典:Unique Value Proposition - Harvard Business School)
このツールは英Futurecurve社によって開発されました。 6 段階のサイクルでバリュープロポジションを導き出します。市場や顧客ニーズや要求の変化に応じてバリュープロポジションをアップデートできるフレームワークです。
バリュープロポジションキャンバスは、顧客視点で自社が提供している商品・サービスをとらえることで、現在の商品・サービスとの価値のずれを明らかにするフレームワークです。商品やサービスが顧客の価値やニーズを中心に位置づけられているか確認するのに役立ちます。
手順:まず、1〜6までの情報を整理します
次に、テンプレートに内容を埋め込みます。6項目を埋めるプロセスを経ることで、自社の強みが明確になり、最終的に1文のバリュープロポジションに絞り込むことが容易になります。
ここでは、企業のバリュープロポジションを、前項で紹介したテンプレートを参考にしながら考えてみます。今回は、以下の組み合わせで説明します。
海外事例
国内事例
(出典:HubSpot)
活用テンプレート:Steve Blankフレームワーク We help (X) do (Y) by doing (Z)
→私たちは(Z)をすることで(X)が(Y)をするのを助ける(和訳)
HubSpotのバリュープロポジションを考えるうえで、ブランク氏のフレームワーク「We help (X) do (Y) by doing (Z)」 のフレームワークをもとに考えてみましょう。
HubSpotは、ユニーク セリング ポジション(バリュープロポジションとほぼ同義)を公開しています。
(訳) "HubSpotのオールインワンのマーケティング、セールス、そしてサービスプラットフォームは、あなたがインバウンドマーケティングを実装し、より良い成長を達成するために設計されています。すべては同じデータベースによって動かされているため、あなたの組織内のすべての人々 — マーケティング、セールス、サービス、そしてIT — は同じシステム上で作業を行っています。" |
(「Unique Selling Proposition: What It Is & How to Develop a Great One」のUSPを和訳 )
ブランク氏のテンプレートにあてはめるとXYZには以下が入ります。
HubSpotは、明確にオールインワンのインバウントプラットフォームにより、すべての顧客の成長を支援できることを、自社の利点としています。公式サイトの「ビジネスの成長をHubSpotがお手伝いします」というコピーは、HubSpotの顧客に対する価値提案を如実に表しており、Steve Blankフレームワークにあてはめても矛盾はありません。
(出典:slack.com)
活用テンプレート:「ITSMA」の提供する8項目を埋めるテンプレート
Slackは、シンプルで使いやすいチームのためのコラボレーションツールです。社内のメッセージのやりとりを効率化するとともに、コミュニケーションをスムーズにします。複数のプロジェクトを一元管理できるタスク管理にも適しています。
NASAのような大規模な組織でも安心して活用できる堅牢性があり、Fortune 500企業の77%がSlackを利用しています。2600以上ものアプリと連携が可能です(2023.6時点)。
ITSMAのテンプレートに当てはめてみます。
FOR(対象):ビジネスチームや組織が効果的なコミュニケーションと協力を求めている人々
WHO(特定のニーズ、要件、要望、購入基準をもっている):
WE PROVIDE(我々は提供します):
THAT(クライアントにもたらす特定のビジネス上のメリット/価値):
UNLIKE(他とは異なる):
WHO(ソリューション、特徴、機能、メリット):
OUR COMPANY(我々の会社):
Slackは業界でリーディングなチームコミュニケーションプラットフォームを提供する会社です
THAT(良い顧客体験):
上記をもとに、バリュープロポジションを作ってみます。
私たちは、コミュニケーションの円滑化や情報共有の効率化を求める組織に、情報共有を一元化でき、直感的で使いやすい多機能で、セキュリティが堅牢なプラットフォームを提供すし、シームレスでリアルタイムなチームコミュニケーションと情報共有を提供、生産性向上に寄与します。
(出典:invisionapp.com)
活用テンプレート:バリュープロポジションキャンバス
InVisionは世界をリードするプロトタイピング、コラボレーション、ワークフローのプラットフォームです。
デザイナーは、InVisionを活用することで、複数のツールを使用せずに、オンライン上で堅牢なプロトタイプやモックアップを迅速に作成できます。デザイナーが独自のデザインを作るための総合的なソリューションです。
さまざまなタスクに特化したツールやサード・パーティと統合できる広大なエコシステムを持っています。
バリュー プロポジション キャンバス(Value Proposition Canvas)をもとに、InVisionのバリュープロポジションを探してみましょう。
Gains(顧客の利得):
Pains(顧客の悩み):
Customer Jobs(顧客が解決したい課題):
Gain Creators(顧客の利得をもたらすもの):
Pain Relievers(顧客の悩みを取り除くもの):
Products & Services(商品やサービス):InVision は、デザイナーのために作られた、プロトタイピング、コラボレーション、ワークフローツールです。
バリュー プロポジション キャンバスは、顧客視点から見たメリットと商品の価値のずれを確認するテンプレートなので、書き込んだ段階で適合性を把握することに使われます。認識のギャップがない場合は、上記をもとにステートメントを作成します。
ここからは、日本のSaaS企業を対象に解説します。
(出典:カミナシ公式サイト)
活用テンプレート::"We help (X) do (Y) by doing (Z)" のフレームワーク
カミナシ株式会社は、製造や小売、物流ほか、あらゆる業界の現場の人がやる必要のないルーティンワークや無駄な作業を自動化する現場DXプラットフォーム『カミナシ』を提供している、急成長中のSaaSプラットフォームです。
「We help (X) do (Y) by doing (Z)」 のフレームワークに当てはめてみます。
上記をもとに、バリュープロポジションを作ってみます。
私たちは、カミナシ・プラットフォーム(Z)を提供することで、さまざまな業界(X)の現場のルーチンワークの非効率さの解消、業務の自動化(Y)を支援し、ノンデスクワーカーの仕事を支援します。
公式サイトのキャッチコピーの「現場の紙をなくすならカミナシ」の、紙=ルーティンワークの象徴、紙をなくすこと=デジタル化を表現しています。
(出典:ラクス株式会社)
活用テンプレート:「ITSMA 」の提供する8項目を埋めるテンプレート
ラクス株式会社は、バックオフィス支援に特化した幅広いソリューションを提供する日本最大級のSaaS企業です。「楽々清算」「楽々明細」「楽々電子保存」「楽々労務」など12種類のSaaSを提供しています。
「ITSMA 」の提供する8項目を埋めるテンプレートに特徴を入れてみます。
FOR(対象):バックオフィス業務の効率化や煩雑さの軽減を求める企業や組織
WHO:
WE PROVIDE(我々は提供します):
THAT:
UNLIKE(他とは異なる):
WHO(ソリューション、特徴、機能、メリット):
OUR COMPANY(我々の会社):
THAT(良い顧客体験):使いやすく、煩雑な業務を楽にする
上記をもとに、バリュープロポジションを作ってみます。
私たちは、煩雑な業務を効率化したい経理、人事労務部門などの業務担当の方々に、セットアップが簡単で法的規制に適合したさまざまなSaaSソリューションを提供することで、みなさまの業務プロセスを効率化し、業務を楽にします。
(出典:HiCustomer株式会社)
活用テンプレート:バリュープロポジションキャンバス
2017年12月設立。SaaS企業向けに特化したカスタマーサクセスマネジメントツールを提供しています。バリュープロポジションキャンバスの要素に、特徴を入れこんで分析してみます。
Gains(顧客の利得):
Pains(顧客の悩み):
Customer Jobs(顧客が解決したい課題):
Gain Creators(顧客の利得をもたらすもの):
Pain Relievers(顧客の悩みを取り除くもの):
Products & Services(商品やサービス):カスタマー サクセス マネジメント プラットフォーム
(出典:オフィスおかん)
活用テンプレート:Harvard Business schoolの「バリュー・プロポジションの定義のための重要な 3つ質問」
オフィスおかんは、1品100円で健康的なお惣菜を購入できる置き型の社食サービスです。従業員数3名ほどの中小企業~5000名規模の大企業まで幅広く導入されています。
ハーバード ビジネス スクールの「バリュー・プロポジションの定義 3つの重要な質問」にあてはめています。
What Customers(どの顧客):業界問わず、中小企業層が中心。
Which Needs?(どのようなニーズ):
中小企業は、オフィスのスペース、運用コストがネックで社員食堂の導入が難しいが、社員に健康で生き生き働いてもらうために、福利厚生に力を入れたい。
ヘルシーな食事であることが必須。
What Relative Price?(相対的な価格):
社員がコンビニで購入するパン、総菜類よりも低い価格がのぞましい。
このテンプレートは、バリュープロポジションを特定するための質問なので、そこから集めた内容をもとに、バリュープロポジションとして文章にする必要があります。ここからステートメント作成に入ってもよいのですが、別なテンプレートを組み合わせて導き出すこともできます。
例えば、「We help (X) do (Y) by doing (Z)」を活用してみると、以下のようになります。
私たちは、社員の健康を支援したい企業様(X)に対し、運用コストがあまりかからずスペースも必要のない、健康的でリーズナブルなお総菜の置き配達サービスを提供することで(Y)、従業員様の健康支援、満足度向上に寄与します。
バリュープロポジションとは、企業が顧客へ提供できる独自の顧客価値のことです。特別な価値は、機能の高度さ、多機能さ (あるいはシンプルさ)、価格の適切さ、サービスの手厚さなど複数の価値の組み合わせによって決定づけられます。
昨今は、バリュープロポジションを導き出す多種多彩なテンプレートが無料で公開されています。複数のテンプレートを活用してみると、自分の視点がその都度顧客視点に変わることを実感できるでしょう。
どのテンプレートが適しているかは事業内容によっても異なるので、思考をまとめやすいと感じるものを選び、バリュープロポジションを作成してみましょう。単独で使用するだけでなく、組み合わせて活用することもできます。
強力なバリュープロポジションはマーケティングのみならず、優れた商品企画、企業カルチャーなどの基盤になります。ぜひ、顧客視点で情報を整理整頓し、ステイトメントにしてみてください。